9.ブッダは霊魂を否定したのか―近代仏教学の偏向

ブッダは霊魂を否定したのか

――近代仏教学の偏向
掲載日:2010年3月11日

◆近代仏教と霊魂

現代において、「霊」「霊魂」「死者の魂」といった言葉は、公の表現には載りにくいものである。
これは端的に言えば、実証主義的科学や唯物論が隆盛を極めているからである。「霊」の問題は、実証や科学的検証の対象とはならないし、むしろそれらが依って立つ基盤を崩すものであるから、無視・排除の対象となるのである。実証主義的科学や唯物論がなぜここまで隆盛してきたのか、それらは本当に正しいのか、といった問題は、あまりにも大きいものなので、ここでは触れない。
では、伝統的にこうした主題をあつかってきた宗教ではどうか。
両極の姿勢があるようで、一方には「霊」の問題を前面に押し出す宗教があり、もう一方にはそれについて無視・沈黙を保とうとする宗教がある。新興宗教や民俗信仰はおおむね前者であるが、後者には、一部の仏教や神道も含まれるように思われる。
特に近代の仏教では、「霊」の問題は回避される傾向が強いように見受けられる。なぜそうなのかは複雑で理解しにくいところがあるが、最も大きな点は、原始仏教や初期大乗仏教に「霊」を否定する(ように見受けられる)言説があったことではなかろうか。
言うまでもなく、近代仏教学は西洋のキリスト教研究や歴史学の影響を受けている。西洋のキリスト教研究が「歴史的イエス」を探究したように、近代仏教学は「歴史的ブッダ」を探究した。歴史学がキリスト教教団の歴史的展開を明らかにしたように、近代仏教学は仏教の歴史的変遷を明らかにした。
この中で、「霊」問題に関しては、二つの大きな問題が浮かび上がってきた。
一つは、ブッダが「霊」問題に対し、「無記」と否定的に言明したことである。
もう一つは、初期大乗仏教の「中論」や「唯識」の思想において、やはり「霊」問題は否定的に扱われたことである。
ブッダは、「霊の問題は、語っても意味のないこと(答えの出ないこと)だから語らないことにする(無記)」と述べたとされる(ただし「語らない」と言ったので、「ない」と言ったのではない)。さらに「諸行無常・諸法無我」=「すべてのものは変化し、実体は存在しない」として、個人的主体の否定と解釈される考えを述べているので、当然、死後に存続する精神的主体(霊)も否定したとされる。
中論では、ブッダの反実体論をさらに過激に推し進め、あらゆる実在を否定したために、霊魂といった問題が発生する余地もなくなった。唯識では輪廻転生を認めたが、転生する主体は何かという問題に非常に難解な解釈をほどこし、単純な霊魂の生まれ変わりを否定した。
こうした論点を梃子にして、近代仏教学は、「仏教は形而上学(この世を超えた世界を語る思想)ではなく、哲学である」「仏教の本質は悟り(叡智の獲得、ないしは至上の心の状態)であり、あらゆる言説や修行はそれに到る手段である」という姿勢を取るようになった。

《仏教の歴史を通じて、出家であれ在家であれ仏教者たちは、禅定もしくは三昧に入るように修行し、禅定や三昧において仏教的真理を知る知恵を得、悟りを悟っていたと考えられる。禅定や三昧によって表層意識を消滅させつつ深層意識を自覚化していき、最深層意識をも消滅させると同時に、彼自身の実存においてあらゆる衆生にゆきわたる根本真理を知る知恵を得、悟りを悟ったのである。したがって悟りとは、そのようなしかたで自我的な人格から解脱して自由になり、衆生に対して無礙自在にはたらく新しい仏菩薩的人格へと生まれ変わることであるといってよい。》(荒牧典俊「さとり」CD版世界大百科事典)

《第一に仏教そのものは特定の教義というものがない。ゴータマ自身は自分のさとりの内容を定式化して説くことを欲せず、機縁に応じ、相手に応じて異なった説き方をした。だからかれのさとりの内容を推しはかる人々が、いろいろ異なって伝えるにいたったのである。
第二に、特定の教義がないということは、決して無思想ということではない。このようにさとりの内容が種々異なって伝えられているにもかかわらず、帰するところは同一である。既成の信条や教理にとらわれることなく、現実の人間をあるがままに見て、安心立命の境地を得ようとするのである。(後略)》(中村元『ゴータマ・ブッダⅠ』)

ここには「死後の問題」も「霊魂」も登場しない。ブッダおよびその後裔である仏教は、「反超越論的哲学」の旗手となる。そしてこうした近代仏教学の姿勢は、隆盛してきた実証主義的科学や唯物論と「融和的」であった。神や神々や霊といった超越的存在が公的な言説から排除されていく中で、仏教はそうした「超越存在」を捨象した宗教として、自らをアピールしたのである。いささか揶揄的なニュアンスを込めて、仏教が「無神論宗教」とか「最先端の科学と融和する宗教」と言われるのは、こうした近代仏教の「反超越論」(神や霊や他界を語らない)があるからである。
こうした「近代仏教」が真なのか否かは置いておくとして、ここで齟齬が生じたのが、民衆に密着した現場であった。言うまでもなく、中世以来、日本仏教は死者供養を梃子に隆盛してきた。民衆にとって、「お経を読んで死者や迷っている霊を成仏させてくれる人」が僧侶であったのだが、近代仏教では、そうした問題は「本来の仏教ではない」とされてしまったのである。
現場の困惑は察せられる。一方には民衆の「死者成仏」「除霊」「祖先祭祀」「呪力信仰」といった「霊問題へのニーズ」があり、もう一方には近代仏教の「反超越論的哲学」がある。このぶつかり合いの中で、どのような振る舞いが可能なのか、外部からはなかなか想像が及ばない。

筆者は基本的に、宗教とは「この世を超えた世界(霊界、浄土、彼岸、天国など)に関する知識と行為」であり、「この世を超えた存在(死者霊、諸種の非人間霊、天使、神など)の実在を想定する」ものであると捉えているが、仏教(特に近代仏教)のあり方はそれに根本から異を唱えるものであるように見える。果たしてそうなのであろうか。
もちろん、仏教全体にわたってそれを検証することはできない。そこでここでは、ブッダの問題に関してのみ、いささかの検討を加えてみることにしたい。果たして「お釈迦様は霊魂を否定したのか」という問いである。

◆苦の解決

周知のように、歴史上のブッダは、紀元前五世紀ないし四世紀にインド・ネパール国教沿いの小国カピラヴァストゥの王子として生まれ、二十九歳(従来日本仏教では十九歳とされていた)で妻子と国を捨てて出家、二人の仙人について禅を修し至高の境地を得るが飽き足らず、さらに六年間にわたり想像を絶する苦行を行なうがそれでも満足せず、「スジャータの乳粥」で元気を取り戻し菩提樹の下で再び瞑想行に入り、悟りを開いたとされる。
「自分には夏・冬・雨季それぞれの専用の家があり、女官たちがたくさん侍り、つねに管弦を奏でていた。着る物は最高の絹だけだった」と自ら述懐するような恵まれた王子の生活を捨てて、なぜブッダが出家し修行したのか。「四門出遊」の物語で語られるように「人生は苦である」と観じ、出家沙門に出会いその清らかな姿に感銘を受けたからだと一般に言われているが、個人の動機なので明確に言えるものではないだろう。
偉大な始祖であるから、ブッダは天才として突然出現し、完璧な独創的宗教を開いたと思われがちだが、当時のインドの精神文化状況を見ると、少し見方が変わってくる。近代仏教学(というより近代インド哲学研究)が明らかにしたブッダの時代背景を考慮に入れると、ブッダの出家・修行は、単なる個人的動機や独創的行動ではなかったようである。
当時インドを支配していた、通常バラモン教と言われる古代ヒンドゥー宗教は、ウパニシャッド時代と呼ばれる時代だった。そこでは、「生命は永遠の輪廻を繰り返し、それは〈苦〉の連続である」という思想がすでにあった。そして宗教的修行を積めば、「梵我一如」の真理をさとり、輪廻の苦の輪から逃れられると考えられていた。普通の日本人は、「さとり」を開いて「苦」から解脱するというのがお釈迦様の教えの眼目だったと考えがちだが、それはブッダの生きた時代の主流的思想だったのである。
実際のところ、ブッダとほぼ同時代のジャイナ教の開祖マハーヴィーラも、同じような考え方から出発した。ジャイナ教の目的も、業を引きずり苦しみの輪廻世界をさまよう霊魂が、いかにしてやすらぎの境地(ニルヴァーナ、涅槃)あるいは解脱(モークシャ)を得られるかに向けられていた。ジャイナ教と仏教は、一時、どちらかがどちらかの分派ではないかと疑われたほど、基本的概念や志向性が似ている。
こうしたことを考えると、ブッダの出家にある「人生の苦を痛感し、それを克服しようとした」という基底は、ブッダの個人的な思いからではなく、時代の思潮に棹さした宗教的探究心からだったと捉える方が自然のように思われる。(ただし、宗教的と言っても、現代のわれわれが考えるような、特殊なニュアンスが込められた「宗教的」というものではない。インド文明は端的に言えば宗教文明であり、哲学や心理学や文学といった、すべての精神文化が宗教の中に包摂されていたと考えていいだろう。だから宗教的探究心とは、人生の特殊部分である宗教への関心ではなく、もっと広く「真理」への探究心だったと捉えるべきものである。)

ここには重大な問題が見て取れる。それは、「人生は苦であり、それを克服するために悟りが必要である」という一般的な仏教理解は、実はある前提のもとに成り立っているということである。
それは「輪廻の苦」である。
この前提がない場合、「苦である人生」の克服は、もう一つの安直な解が得られてしまう。すなわち「生の否定」、死である。
「お前にとって最もよいことは、生まれないということだ。そして次によいことは、早く死ぬということだ」という古代ギリシャの格言がある(ニーチェが『悲劇の誕生』の中でシレーノスとミダス王の問答として引用しているが、古代ギリシャの詩人テオグニスの言葉という説もある)。
「生の苦」から逃れるためには、そもそも生まれないということが最善であり、もう生まれてしまった場合は、「早く死ぬ」のがよいということになる。生が苦なら、死ねば解決する。早く死ねば早く解決する。
ところが、ウパニシャッド哲学の命題は、そういうことではなかった。人は死んでも苦の世界から逃れられない。なぜなら「輪廻転生」があるからである。「六道輪廻」説はかなり後代のものだと見られているが、ウパニシャッドでも、魂は必ずしも「人間は人間」という形ではなく、様々な生物に転生すると考えられていた(仏教やジャイナ教が殺生を禁じる理由はここに由来する。虫を殺してはいけないのは、動物愛護ではなく、虫が祖先や父母の生まれ変わりであるかもしれないからである)。
無限の輪廻転生の苦から逃れる方法は、「悟り」のみである。これがウパニシャッドの大命題であり、ブッダの探究は「悟り」の探究だった。

◆ブッダの輪廻観

輪廻するということは、普通に考えれば、輪廻する主体が存在するということである。そして普通に考えれば、それは肉体とは別の「精神的主体」、つまり「霊魂」ということになる。後の唯識派のようにアクロバティックな説明を作らない限り、生まれ変わるのであれば、死後に存続する主体、つまり霊魂を想定しなければならないだろう。
もちろん、ブッダの哲学は、「すべては因果的関係性の上に成り立っていて、確固不変の実在はない」(=縁起説)というものが一つの柱となっているので、その意味では「実在としての霊魂」は否定せざるを得ないかもしれない。ブッダは「我も存在しない」(=無我説)と説いたともされているから、死後に存続する精神的主体などというものは認める余地はなかったと思われるかもしれない。
ところが、ブッダの言説の中には、どうも霊魂とその生まれ変わりを述べているとしか思われない表現も散見されるのである。
まず「無我」について見てみよう。

《「物質的なかたち(色)」「感受作用(受)」「表象作用(想)」「形成作用(行)」「識別作用(識)」は、「病にかかり」「思うようにならない」がゆえに、我(アートマン)ならざるものである。それらは「常住ならざるもの(無常)」であり「苦」であり、われの我(アートマン)ではない。このように正しく見なしたら、それらを厭うて離れる。それらから離れたら貪りから離れる。貪りから離れるから、解脱する。解脱した時に「すでに解脱した」と知る。「生存はすでに尽きた。清らかな行ないは修せられた。なすべきことはなされた。もはやこの世の生存を受けることはない」と確かに知る。このように述べられた時に、集った五人の修行者は執着なく、もろもろの煩悩から心が解脱した。》(要約、相応部・律蔵)

これは全然「無我」説ではない。素直に読めば、貪りの原因となる「色・受・想・行・識」は「我(アートマン)」ではない、と説いているのであって、我というものはないなどとは言っていない。というよりむしろ「現象として現われている『われ』は、本質的『われ』ではない」として、「本質的私」(=霊魂)を想定しているような響きがある。ブッダのこの複雑な主体認識は、「輪廻していく主体」と「現象している我」との間にある摩訶不思議な齟齬を何とか表現しようとしているのではないだろうか。

また、「人がそれぞれの業に従って輪廻していく」ということをストレートに述べた言葉もある。自らの悟りの内実について、弟子にではなく、一人のバラモンへの告白したというものである。

《われは種々の過去の生涯を想いおこした。……われは清浄で超人的な天眼をもって、もろもろの生存者が死にまた生まれるのを見た。すなわち、卑賤なるものと高貴なるもの、美しいものと醜いもの、幸福なものと不幸なもの、としてもろもろの生存者がそれぞれの業に従っているのを見た。》(阿含経)

自らの過去生を思い出し、また「超人的な天眼」によって様々な人々が生まれ変わる姿を見たというのである。「様々な人々」が過去の人なのか、現在・未来も含まれるのかは明らかではない。

さらに、晩年になって故郷への旅に出たブッダは、ナーディカ村で一人の信者から世を去った弟子たちの死後の消息を尋ねられて、こう答えている。(以下は要約整理したもの)

《サールハはもろもろの汚れが消滅したがゆえに、すでに現世において汚れのない〈心の解脱〉〈智慧による解脱〉をみずから知り、体得し、具現していた。
尼僧ナンダーは人を下界に結びつける五つの束縛を滅ぼし尽くしたので、ひとりでに生まれて、そこでニルヴァーナに入り、その世界からもはやこの世に還ってくることがない。
在俗信者であるスダッタは、三つの束縛を滅ぼし尽くしたから、欲情と怒りと迷いとが漸次に薄弱となるがゆえに、〈一度だけ還る人〉であり、一度だけこの生存に還ってきて、苦しみを滅ぼし尽くすであろう。
スジャーターという在俗信者は、三つの束縛を滅ぼし尽くしたから、〈聖者の流れに踏み入った人〉であり、悪いところに堕することのないきまりであって、かならずさとりを達成するはずである。》

このほかたくさんの固有名詞が出てくるが、ブッダはそれを四つのタイプに分けて答えている。①現世生存中にすでに解脱していた、②死後の世界(天界?)で涅槃に入りもうこの世に生まれ変わってこない、③もう一度だけ生まれ変わってくる、④いつかはわからぬが涅槃を得て生まれ変わらなくなることが決まっている。
これは弟子たちの「悟りの深さ」を教えるための単なる譬えなのだろうか。それともブッダは「超人的な天眼」をもって、彼らの未来を見通していたのだろうか。

同じく故郷への旅の途次、バンダ村での説法では、弟子たちに向かってこう述べている。

《四つのことわり、すなわち戒律、精神統一、智慧、解脱をさとらなかったから、わたしもお前たちも、このように長い時間のあいだ、流転し、輪廻したのである。いまはさとられた。生存に対する妄執はすでに絶たれた。もはやふたたび迷いの生存を受けるということはない。》

「私もお前たちも、しくじったんだ、だからこうやってうろうろ生きているのだ」と言っているわけで、なかなかユーモラスな発言である。ここでも、「私もお前たちも」輪廻し続けてきたとはっきりと述べられている。

また、「三論」と言われる教説もある。それは、
①慈悲の心がけをもって困窮者や宗教者などに施しをなすこと
②殺生・盗み・嘘・姦淫などをせず、道徳的な生活を送ること
③以上のようなことを行なえば来世は「天」に生まれ幸福な(「生病老死」の苦の少ない)生活を送ることができる
というものである。ブッダは、あまり宗教的な知識のない人々には、まずこの教えを説き、これが理解できたらより抽象度の高い「四諦」などの教えを説いたという。
水野弘元博士はこれについて、「当時のインド思想における最も健全穏当な学説であって、必ずしも仏教独特のものではなかったのであるが、仏教の正しい教理学説を理解するための、予備的入門的な知識および体験として役立つものであった」と「入門」性を強調している。
しかし、いくら入門的・予備的なものであっても、嘘を語ってはいけないし、語っているわけでもないだろう。ブッダにとって、この説は基本であった。良い行ないをすれば天界に行く、悪い行ないをすれば現世の苦の中にとどまり続ける。この「業報」の思想は、徹底してブッダの思想の基礎なのである。ただしブッダは、「天界」への再生を超えて、輪廻転生の輪から脱するという高度な目標を設定したということである(ただしそこがどのような場所なのか、あるいは無=消滅なのかは説かれていない)。

これらの言葉は、明らかに「生まれ変わり死に変わる」、肉体とは別個の精神的主体があることを表現している。
ブッダおよび初期仏教において輪廻転生が「前提」であったことは、改めて考えればさして異様なことではない。前三世紀頃には「ジャータカ(本生譚)」がさかんに創られ、ブッダの前世物語が語られた。原始仏教を比較的忠実に継承した上座部仏教でも、輪廻は基本教義になっている。仏教から輪廻を追いやったのは、大乗仏教の中論・唯識の「反実在論哲学」であり、さらにそれを賞揚した近代仏教である。

ブッダが得たとされる「悟り」も、やはり輪廻との関わりにおいて捉えられなければならないだろう。近代仏教学では、「悟り」はある種の「哲学的認識」「心理的問題解決」として捉える傾向がある。先に引いた中村元博士の「さとりの内容が種々異なって伝えられているにもかかわらず、帰するところは同一である。既成の信条や教理にとらわれることなく、現実の人間をあるがままに見て、安心立命の境地を得ようとするのである」という説は、その一つの典型である。同じく前出の荒牧博士の「禅定や三昧によって表層意識を消滅させつつ深層意識を自覚化していき、最深層意識をも消滅させる」といった説明も同様である。また、こういった見解もある。

《釈迦の教義は人の心の悩みを解決することをめざした。心の悩みの解決は祭式のような外形的行為によっては達成されない。各人が自己の内面から行う変革によらねばならない。そのための基本的な出発点となるのが四諦・八正道や十二因縁の教義である。これは、一言でいえば、苦悩のよってきたる淵源を追求し、その淵源(おそらく〈我あり〉との妄執)を取り除くことを教えている。これは当時にあっては驚くほど科学的・合理的な態度である。しかも、自己存在の問題について、現代の深層心理学を先取りするような先見性を示している。これは仏教発展の背後に都市と商人階級という進んだ社会があった事実を反映しているかもしれない。》(定方晟「仏教」CD版世界大百科事典)

こうした見解は、近代的な主知主義・心理主義のバイアスが強すぎるのではなかろうか。ブッダの基本的問題意識は「生は苦である→しかし生を絶っても輪廻があるため問題解決にはならない→輪廻を超えなければならない→輪廻の原因は業・妄執である→業・妄執を消し去るためにはそれが実体のないものだと認識する必要がある→それを認識するためには悟りと正しい行ないが必要である」という連関であって、「安心立命の境地を得ようとする」ことや、「人の心の悩みを解決する」ことや、「自我的な人格から解脱して自由になる」ことが最終目標なのではないと思われる。ブッダの目標は、「輪廻を脱するために業・妄執を消去する」ということであったのであって、その唯一の手段として、「戒律、精神統一、智慧、解脱をさとる」ことがめざされたのである。

だが、このブッダのテーゼは、いくつかの難点をも孕んでいる。一つは、「苦を脱するためには苦が実在しないことを知ることである」「私が輪廻を脱するためには私が実在でないことを知ることである」という、矛盾ぎりぎりの論理であることである。目的節には「苦」「私」が存在し、主節には「苦」「私」が存在しないものだと主張される。特に後者では、「私が実在でないのならば何が輪廻を脱するのか」という論理的矛盾さえ突かれかねない。これは言葉遊びをしているのではない。後に「空の哲学」が発展して、「反実在論」が前面に出てくると、「苦」や「輪廻解脱」は後景に退いてしまうことになる。ブッダの求道の出発点であるそれらが抜け落ちると、仏教は「哲学」になってしまう。そして実際に近代に入って、近代仏教は、輪廻問題を捨象した哲学ないしは心理学に傾いていったわけである。
もう一つは、「知る」ことが果たして「輪廻解脱」の解決策になるかという問題である。ブッダの発言には「正しく知った、だからもう解脱した。もう生まれ変わることはない」という表現が頻出するし、弟子となる人々がブッダの説を聞いて、「心が煩悩から解脱した」といった記述もある。しかし、「真理を聞いて理解した」から業や妄執は消滅するのかという点は一般的に考えていささか疑問が生じる。もちろんブッダもそのことは認識していて、「八正道」によって輪廻を動かしているモメント(つまり欲や無明)をひとつひとつ取り除いていかなければならないとしている。つまり、悟りと八正道は並行していなければならず、業や妄執を正しく認識し、かつそれを滅するような行為をしていかなければならない、ということになる。これもまた、近代仏教では軽視されている側面のように思われる。近代仏教では「悟り」に力点が置かれ、ブッダは「関係主義(非実体論)」や「因果論」という真理をはるか古代に発見し提唱した天才哲学者であるというイメージが前面に出てくる。しかし、ある命題なり哲学的世界観を獲得したからといって、それが「苦」や「輪廻」の解決になるのだろうか。

◆唯物論にどう向き合うのか

近代仏教学は、歴史学・文献学という強力な学問を援用して、日本の仏教理解に革命的展開をもたらしたことは間違いない。しかし、あえて指摘すれば、それは近代的学問であるがゆえに、実証主義的科学や唯物論の影響を受けている。近代仏教学が輪廻問題を避け、霊魂問題をはなから相手にしないのは、そのせいではないだろうか。そして、そうした近代仏教学は、ブッダの教えが仏教として発展していく際に起こった様々な「この世的ではない現象」についても、無視する傾向がある。
たとえば、釈尊伝には、いくつかの「奇跡物語」が含まれている。
その最も劇的なものは、ブッダの教団が一気に大教団となった事件である。
ブッダは菩提樹下の悟りの後、何人かの支援者を得たようだが、正規の弟子や教団はなかなか形成されなかった。ところが、ブッダはどういう意図だったのか、マガダ国で千五百人の信者を抱えていたカッサパ三兄弟に「道場破り」をかける。カッサパの宗教は火を崇拝する、きわめて儀礼的なものだったとされ、バラモン教の一派と見なされているが、ひょっとするとペルシャ由来のゾロアスター教の集団だったかもしれない。このカッサパとの対決は、超能力をこれでもかと繰り出すものだった。まず、ブッダは拝火堂に入り、そこに住む毒蛇を降伏させる。次に、四天王・帝釈天・梵天が輝きとともにブッダのもとに現われる。さらには、儀式のために行なう薪割り、点火、消化を、念力でできなくさせ、信者たちが困ると、それらを一瞬のうちに完了させて見せる。あるいは、大雨を降らせあたりを洪水にし、自らの周りだけ水を退け、乾いた場所を作る、などなど。
結局、カッサパとその千五百人の信者たちはこれによってブッダの信者となり、ブッダの大教団が形成される。後々ブッダの教団は千七百五十人と言い習わされるのだが、そのうちの千五百人がここから来ているという、実に仏教発展史において重要な出来事である。しかし、近代の仏教学者は、このことをあまり論じたがらない。ブッダは崇高な真理を説いて信者を獲得したのであって、超能力で人を屈服させるなど、ありえるものではない、ということなのだろう。
ほかにも、神霊のような存在がブッダの傍らに来臨するといったことは度々記されているし、パータリプトラ村では、「わたしは清らかな超人間的な天眼をもって、千もの多くの神霊たちがパータリ村に敷地を構えているのを見た。優勢な神霊たちの土地には優勢な国王や大臣が、低位の神霊たちの土地には低位の国王や大臣が、住居を建築しようとするだろう」といった発言をしている。

こうしたことを古代人の妄想とか、単なる偉大化のための脚色と捉えるのが近代的学問であるが、唯物論に反旗を翻した近代霊学(心霊研究・スピリチュアリズム)の立場から見れば、別に起こっても不思議ではないことである。目に見えない存在が姿を現わしたり、様々な物質を念によって操るということは、しばしばではないが、ある程度の頻度で起こっているものである。もちろん、教祖伝には、偉大化・神格化を目的とした奇跡譚の飾り付けがあることは否定できない。しかし、そういった要素をすべて却下してしまうのは、逆の偏向なのではないだろうか。
前に引用した「悟りの内実」の自己告白、「われは清浄で超人的な天眼をもって、もろもろの生存者が死にまた生まれるのを見た。……もろもろの生存者がそれぞれの業に従っているのを見た」という体験も、近代霊学から見れば、非常に高次な霊的体験(脱魂による高次他界体験)だと捉えられる。ブッダが輪廻を解脱したというのが本当であるなら(こういう表現は失礼だが)、それは哲学的認識を得たからではなく、高次の世界(天界)と交流し、さらにそれを超えた涅槃の世界(スピリチュアリズムで言えば、人間が生きたまま赴くことがほぼ不可能な光の世界)を直接に体験したからではないだろうか。

霊学と言うと怪しげなものに受け取られるが、十九世紀後半以降、欧米においては、霊的諸現象の実証的研究(心霊研究・超心理学)がなされてきた。それは、きちんとした知性を持った学者によって、非常に厳密で客観的な研究の蓄積である。
面白いことに、そうした研究の中で、最も強力な証拠が得られているのは、「生まれ変わり」問題である。ヴァージニア大学精神科教授イアン・スティーヴンソンは、世界中を調査し、二千例を超える「一定の証拠を伴った生まれ変わりの事例」を収集・発表した。前世記憶の現実との符合はもちろん、前世の傷や身体的特徴の持ち越し、さらには前世の外国語を話す事例など、その実証性は驚くべきもので、一部の科学者もその信憑性を認めている。さらにアメリカでは催眠によって前世を想起し、様々な心理的・身体的問題を解決する「前世療法」が隆盛し、この影響は日本にも伝わった。こうした動きがあって、世論調査によると、アメリカでも日本でも、半数前後の人が「生まれ変わりがあると思う」と答えている。特に、「再生」を伝統的にタブーとしているキリスト教世界で、支持層が増加していることは注目される。

近代仏教学がすり寄った「唯物論的世界観」が真実だという保証はない。この問題はタブーであるため、なかなか論じられることがないが、もし「唯物論」が真実であるのなら、「超越的世界」や「目に見えない存在」を考慮の中に入れるすべての宗教は、存在理由を失うことになるだろう。
「あの世」や「霊」を信じた昔の人間は迷妄だったのか、そうでないのか。それは誰にも審判できない。生まれ変わりや霊魂を認める立場が、愚昧であるというのは、近代の思考である。近代以前に生きたあまたの人々を愚かだと決めつける権利は誰にもない。もちろん近代的思考を取ることも可能だが、それを取らないという立場もあり得るはずである。
霊魂や他界の問題を不問にして哲学や心理学に接近するのか、それとも改めて霊や輪廻に向き合うのか、仏教の選択は、なかなか難問のように見える。

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