8.マイヤーズ・マトリックス ―六つの人間的価値

マイヤーズ・マトリックス

――六つの人間的価値
掲載日:2010年1月20日

◆人間として十全に生きる

ジェラルディーン・カミンズ(1890-1969、イギリスの自動書記霊媒)の書記による『不滅への道』『人間個性を超えて』は、死後のフレデリック・マイヤーズ(1843-1901、ケンブリッジの学監、詩人、心理学者、SPR創設の中心メンバー)が1930年代に霊界から送ってきたメッセージをまとめたもので、「マイヤーズ通信」として、スピリチュアリズムの重要文献の一つである。
マイヤーズ通信は、霊界の構造や「類魂」の仕組みなど、きわめて深い理論的・哲学的な内容を含んでいるが、今回注目したいのは、その「人間論」である。
マイヤーズ通信は、すべての人間の魂は霊魂として永遠の進化成長の道を歩むとし、この地上はかなり次元の低い世界だとしているが、一方、人間は未熟ななりに、この地上世界を十全に生きるべきだと説いている。本ホームページにも掲載した「正しい愛の道」(『人間個性を超えて』所収)では、「地上生活を完全に断念せよと説くブッダの教え」を、「逃避・類魂からの断絶」としてかなり厳しく批判している。
つまり、われわれ人間は、まだ学ぶべきことの多い未熟な魂であり、その成長のために現実世界があるのであるから、やたらに高次なものをめざすのではなく、この地上世界の課題を一つ一つクリアしていくべきだというのである。欲望を滅するのではなく、それをできるだけ知性によって統御し、様々な体験を積んでいくことが望ましい。未熟で欲望に囚われがちな人間は、過ち・愚行を犯し、傷つき、苦しむことも多いが、そうした「レッスン」を通して魂の成長がなされるのであって、それらを恐れるあまり引き籠もり、他者や世界と断絶することは望ましいことではない、という。
では、そうした人間は、どのような生き方をすればよいのか。
マイヤーズ霊は次のように言う。

《恋する人と孤高の人、快楽主義者と禁欲主義者、聖者・賢者とただの人、これらのすべての面が彼の中に含まれていなければならない。しかし、むろん、賢者が劣った兄弟を抑え、最終的にはすべての性質を支配すべきである。》

また別の箇所では、次のようにそれを「六つの様態」と述べている。

《魂の六つの様態――愛者、孤高に住せんとする高慢者、快楽主義者、禁欲主義者、聖者、賢者――を表現し、かつまた、できる限り賢者がすべてを支配するのに任せる、この世の叡智の探求者》

マイヤーズ霊は、人間は単純な一つの心なのではなく、いくつもの「サブ人格」からなっていることを明らかにしている。われわれの中には多様な要素があり、それぞれが時には独立的に活動したり、極端な場合は、他を圧倒してしまうことさえある。マイヤーズ霊は、それを「六つの様態」と整理し、それらをすべて表現しつつ、しかも、「賢者」=「叡智」でそれを統御するように勧めているのである。

◆「魂の六つの様態」

この「六つの様態」について、マイヤーズ霊は、それ以上詳しく述べていない。少しわかりにくい概念なので、解釈してみると、次のようになるだろう。

①愛する者 ――人に感情移入し、人を慈しみ、人に奉仕する
②孤高者  ――独立独歩でわが道を生きることを目指す
③快楽主義者――精神的・肉体的快楽を求める
④禁欲主義者――欲望を統御し、あるいは断念する
⑤聖者   ――超越的価値をひたすら求める
⑥賢者   ――知性・理性を働かせる

この六つは、一見、次のような二項対立に見える。

①愛する者  vs. ②孤高者
③快楽主義者 vs. ④禁欲主義者
⑤聖者    vs. ⑥智者

ところがよくよく考えてみると、そうではないらしい。「対立項」であるのなら、「六つの様態」を表現することはできない。快楽主義と禁欲主義が対立するのなら、人は快楽主義者を表現した場合、禁欲主義者を表現できない。時間的に分けて、一時期は快楽主義者、別の時期は禁欲主義者を表現するという道もあるが、そういうことを言っているのではないように思える。
六つの様態は、それぞれ独立的で、併存しうるのではないか。
それは、六つに対する「対立概念」は何かと考えると、明らかになる。

〔様態〕  〔対立概念〕
①愛      敵意   ――人を愛することの反対は、人に敵意を持つこと
②孤高     依存   ――独り生きることの反対は、他者に依存すること
③快楽     不感   ――快楽を味わうことの反対は、何も感じないこと
④禁欲     貪欲   ――欲望を統御することの反対は、懶惰になること
⑤聖者     卑俗   ――超越性を求めることの反対は、現実しか見ないこと
⑥智者     愚昧   ――叡智を働かせることの反対は、愚かであること

ただし、①と②、③と④、⑤と⑥は、それぞれの様態が相手の対立概念と混同しやすいという点で、いくぶんセット的な関係があるとも言える。つまり、

愛と依存   (①と「②の対立概念」)
孤高と敵意  (②と「①の対立概念」)
快楽と貪欲  (③と「④の対立概念」)
禁欲と不感  (④と「③の対立概念」)
求道と盲目  (⑤と「⑥の対立概念」)
叡智と卑俗  (⑥と「⑤の対立概念」)

この混同は、現実の人生において、きわめてよく見られる「罠」である。
「愛していると思っているのに、実は依存しているだけ」
「わが道を行くと思っているのに、実は他者や世界と敵対しているだけ」
「快楽を味わっていると思っているのに、実は貪欲にふけっているだけ」
「欲望を統御していると思っているのに、実は何も感じなくなっているだけ」
「聖なるものを求めていると思っているのに、実は盲目になっているだけ」
「叡智を働かせていると思っているのに、実は卑俗な知識獲得や判断(計算)をしているだけ」

そして、改めて六つの様態それぞれの「目ざすべき価値」(目標)とは何かを考えると、次のようになる。

①愛する者 ――共感・慈しみ
②孤高者  ――独立自尊(他人の思惑や評価に左右されない)
③快楽主義者――喜びを素直に、十全に味わう(貪りは喜びを毀損する)
④禁欲主義者――自己を統御する(欲や喜びを消滅させることではない)
⑤聖者   ――超越的価値を探求する
⑥賢者   ――知性・理性を働かせ、総合的な判断を下す

◆人間が求めるべき六つの価値

以上を整理すると、「六つの人間的価値」というテーゼが導き出せる。(これをマイヤーズ霊に敬意を表し、「マイヤーズ・マトリックス」と呼びたい。)

①愛  ――他者に自らを開き、理解と共感を持ち、愛と奉仕に努めること
②自尊 ――環境や他者に依存することなく、自らのなすべき課題をなすこと
③堪能 ――美や身体的快楽、心の歓びを、存分に味わうこと
④克己 ――自己をコントロールし、放埒・安逸に堕したり、労苦を避けたりしないこと
⑤求道 ――真・善・美、あるいは理想にあこがれ、それを追求すること
⑥叡智 ――理性・知性をもって自分・他者・現実を客観的に捉え、判断を下すこと

また、人間が陥りやすい罠も改めて掲示してみる。

愛と依存を混同していないか   ――互いに自立的であるか
自尊と敵対を混同していないか  ――身勝手や「拗ね」に陥っていないか
堪能と貪欲を混同していないか  ――快楽には制御や断念も必要
克己と不感を混同していないか  ――単なる不感症・無感動・無意欲に陥っていないか
求道と非智を混同していないか  ――盲信・狂信に陥っていないか
叡智と打算とを混同していないか ――現実を超えた視点を持っているか

こうしたことは、神秘的な哲学でも抽象論でもなく、現実の人生に、きわめて役立つ指標となるように思える。
われわれは、より十全な生を生きるためには(霊的な成長のためには)、「六つの人間的価値」をすべて追究すべきであり、それをぶち壊しにする「六つの罠」も、自省・点検してみるべきではないかと思えるのである。

(本稿は、2009年12月18日のTSL勉強会で発表したものをまとめたものです。)

Copyright (c) 2010 TAKAMORI Koki

広告