【序文】

人間個性を超えて 序文
(F・W・H・マイヤーズによる霊界通信)

G・カミンズ筆記/梅原伸太郎訳
(C) 2000 by Shintaro UMEHARA

掲載日:2010年12月14日
【内容】
原書扉・凡例
E・B・ギブズによる序文 (オリバー・ロッジ卿との交霊会記録を含む)
第二版(一九五二年)へのことば(E・B・ギブズ)

BEYOND HUMAN PERSONALITY

Being a detailed description of the Future Life
purporting to be communicated by the late
F. W. H. MYERS

Containing an account of the gradual development
of human personality into cosmic personality

GERALDINE CUMMINS

Introduction by
E. B. GIBBES

<凡 例>
原注は[  ]で、訳注は〔  〕で示し、長いものは章末にまとめた。
特殊な用法を示すために大文字で書かれている語は〈 〉で示した。読みやすさを考慮して改行を加えたところがある。

「疑いもなく、霊魂存続説の真偽は人間精神を悩ますとてつもなく、また、最重要な問題である。考えれば考えるほど他の問題はすべて無意味なものに見えてくる。というのも死後存続が真であってこそ、『宇宙』は究極において合理化されるからである。それによってこそ、またそれおいてのみ我々は悪の問題と対決できるからである。もし死後存続が真でないなら、この世で唯一可能な哲学は空虚な悲観論であり、宇宙の支配者は正常な人間を驚倒せしめるほど残酷であるとの誹りを免れないであろう。」 ――E・W・マクブライド教授(心霊科学)

E・B・ギブズによる序文 (オリバー・ロッジ卿との交霊会記録を含む)

本書に収められた論稿は、『不滅への道』という標題の本の内容と同じく、ジェラルディーン・カミンズ女史によって自動書記されたものです。英国心霊研究協会の創始者の一人であった故F・W・H・マイヤーズの通信とされるもので、前書より詳細に死後の生活についての彼の考えを説明しています。
上記の書にはマクブライド教授の提出した問題に答え、人間個性の存続に有力な証明を与えると思われる証拠事例も提供されています。それゆえ本書にはカミンズ女史の交霊を通して受け取られた証拠の事例を収める必要はないでしょう。そのような証拠をお望みなら読者は『彼らは死後に生きる(They survive)』や、ここ数年間の『ライト』誌やSPR機関誌『Journal of the Society for Psychical Research』や他の心霊関係紙紙上に掲載された各種の記事を参照していただきたいのです。
『不滅への道』序文においてオリバー・ロッジ卿は、カミンズ女史を「アマチュアの入神型霊媒――十分な教養を持ち、献身的奉仕心に溢れ、かつ一点の曇りなき誠実さを具えた自動書記者」と紹介しています。
本書は彼に贈られましたが、彼の私への返信には、「太陽人や星界での生活について述べられた部分以外はマイヤーズ説に類似していることは疑いありません。この箇所の結論で筆者は困難な問題を扱っており、これが絶対確実な指針であるとは考えられません。しかし全体としては興味深く……私は『祈り』の章をとても素晴らしいと思います。」
ジェラルディーン・カミンズがオリバー・ロッジ卿のために行なった交霊から引用することは興味深いでしょう。通信者はマイヤーズであると名乗っており、オリバー卿はこの本にその記録を載せることを承諾されました。

[一九三三年十二月十日オリバー・ロッジ卿出席のもとでの交霊記録から]

【マイヤーズ】 私は完成された〈絶対世界〉などというものはないとの結論に達した。だから貴君の心からドイツやインド思想の観念を消してしまってくれ給え。神は想像力であり、それは理性を超えた光か炎のようなものなのだ。神は過去を維持し保存し、そしてかつ未来図の観念までも包含している。が、神は自己に付加していく。これが大事なところなのだ。
ところで人間の魂は想像力の働く有限の焦点であり中枢なのである。これは高次の意識レヴェルで物質的身体と関係をもって働くときは殊にそうなのである。このレヴェルの魂は〈偉大な宇宙の想像力〉に近似した想像の力を表わしている。神は一即多、多即一である。あらゆる生き物の魂と霊は究極において創造者と一体になることを目差している。〈神の想像力〉は時の経過によって付加されたものにより変更され、豊かさを増す。究極においては高次レヴェルでの完成に至るのである。無意識の主唱者たるショーペンハウワーは間違っていたと私には思える。なぜなら神は反省し、目的をもち、かつ人間の想像を絶した恍惚感をもって創造を行なうからである……。
貴君が御著書でエーテル説を発展させたやり方は簡潔明瞭で甚だ結構なものです。しかしどうも科学者は貴君の考え方が気にくわないようですね。科学者というのはしばしば目隠しを付けられているようなものですよ。
エーテルということばはよくないことばだ。もっとよいことばを見つけた方がいい。これのもつ特質についての貴君の考えには賛成です。英語の「生命産出者」(life-bearer)に当たるギリシャ語の表現を見つけたいと思っているのだが。この意味を一語で表わすことばを見つけたいものだ。
意識は直接には頭脳に働きかけないという貴君の結論は正しいものだ。意識と頭脳細胞を結ぶエーテル体がある。これに関してちょっと説明してみたい。
ここ数年科学者が微細な粒子のことを盛んに取り上げているのを私は知っている。だが言わせてもらえれば、知られているよりももっと微小微細な粒子がエーテル体ないし複体から肉体と脳の或る部分へと幽糸(threads)に沿って流れているのである。それは非常な速さで旋回している。これらを「ライフ-ユニット」(life-units)と呼ぶことにしたい。
今言った糸は「腺」と結びついている。医師はある腺の欠陥に起因する性格の変化に注目してきた。彼らはそのうち原因の一部がエーテル体から腺に生命の流れを運ぶ糸や紐が弱くなっていることにあると気づくだろう。私が異説を言っているのは承知のうえだ。しかし不可視の身体――私が複体とか統一機構とか呼んでいる――は意識と生命が肉体と交流する唯一のチャンネルであることに気づいてもらいたい。二者のあいだの糸が切れるとすぐにも体はコントロールが利かなくなる。
【ロッジ】 エーテルはすべての物質過程を基礎づけているように見えますが、それを把握する手段がありません。
【マイヤーズ】 その通り。エーテルは物質の祖先である。かなりな研究と機械、つまりエーテルの神秘を記録し科学者の目に見えるようにする精巧な装置がつくられて初めてそれは把捉されるのだ。私はこの可能性をクルックスと話してみよう。彼に何か考えがあるかもしれない。
【ロッジ】 実際的な立場から言えば、エーテルなるものは存在しないといえます。すべてはそれがないかのように進行しているのですから。
【マイヤーズ】 貴君のいうことはよく分かる。実際にはエーテルの存在によって違いが生ずる。結局それは他界からの通信の媒体となるものである。だから例えば、肉体の方面からエーテルを調べてみる必要があると思う。動物実験をするとよい。動物たちはエーテルに似たものから出来た不可視の身体を持っている。そのうちこのエーテル体の見える装置の考案が是非とも必要だ。私にはこのことに関しヒントがだせるだけだ。私は物理学者ではないが、エーテルが人間と私の述べた統一機構との関わりにおいて研究されるなら、貴君の主要テーマに一つの解決策が見出されるかもしれない。
【ロッジ】 私がエーテル仮説に固執しているのは間違っていないとお思いですね? それがなければすべてが大混乱というわけでしょう。
【マイヤーズ】 そうです。エーテルは存在せずの証明が出るのを心配する必要はない。今から十年もすればエーテルは物を考える人達の常識になると預言しておこう。結局この点でわれわれは一致しましたね、ロッジ君。人間はそのうちそれの存在の鍵を見つけますよ。その一つは精巧な装置による実験でしょうし、化学の助けによるものだろう。エーテルはわれわれのこちらでの生活の基本物質そのものだ。それは無常の物質界に住む者たちには理解し難い永続性をもつものなのだ。
動物実験を始めるよう貴君から勧めることはできませんか? 動物を物理的機械として研究するだけではだめです。感度のよい写真乾板を用いてみてください。しかし人間の目に複体や動物の不可視体を見えるようにする装置のことをお忘れなく。
この前この女性に与えたエーテル体についての私の意見を参考にしてもらえるとありがたい。

『不滅への道』の読者は、われわれが死後に移り住む幻想界――すなわち記憶ないし夢の世界――や、また同様にそれに引き続く第四界すなわち形相の世界についてフレデリック・マイヤーズから与えられた説明や注釈を思い出されることでしょう。この本では彼はこれらの世界に関するわれわれの知識をさらに拡充してくれます。そして第五界――火焔ないし太陽界――に進み恒星界の人となったとき、遙かな未来に待ち受ける生活を見事に描いてくれました。
以下のエッセイはその大部分が一九三三年と一九三四年に書かれたものですが、読者は、マイヤーズが初め自動書記者が専門用語を知らないという不利な状況下におかれていたことを知られれば興味深いことでしょう。カミンズ女史は天体のことには全く関心がありませんでした。そこでマイヤーズは書記を先に進める前に、彼女に百科事典で天文学に関する細かな記事を読むように要求しました。このことは実行されました。指示された事柄を勉強したわけではなく、説明をざっと読み通しただけです。使用された『ハームスワース百科事典』とこの本の第二部を読み比べてみるとほとんど類似点はありません。通信者が必要としたのはただ専門用語だけで、それがないと太陽人の記述を組み立てることができなかったからです。九二頁で通信者とされる霊は死後暫くのあいだ天文学上の知識を求めたと言っているのが注目されます。また彼は「進化の道を遥か先まで行った旅人」から幾つかの情報を聞き出したと言っています。
ここに述べられた見解のあるものは論議の余地のあるものであり、すべての人の賛同は得られないかもしれませんが、カミンズと私はそのことの方がむしろ一般の関心を高めるかもしれないと感じています。
余りに違い未来の生活は現在の人間にとって興味が湧かないという反対が第二部に関して言われるかもしれません。しかしこの部分での、星には人間以外の知的な生命が存在するという話は、神秘なる宇宙の謎に尽きない興味を抱いている一般の方々のある層には疑いなく訴えるものがあるということでこの本に収められました。
「終局」と題する短文はこの本のその部分に特に興味をもった学者によって出された質問への答えとして書かれたものです。
彼はこう尋ねました。「われわれの時代の代表的な天文学者たちは、宇宙は熱力学の第二法則によって何百万年かの後には――太陽と星が熱を放射し尽くして――終わりになると言っています。これは正しいのですか?」。この質問を私は通信霊が第二部を書き始めるとすぐに出したのでした。彼はそのとき書きつつあった章の中でそれに答えようと言いました。第二部がほとんど終わりかけたときマイヤーズはふいにその質問に言及し、もう一度その質問を読んでみてくれるようにと要求しました。そのときわれわれはそのことを忘れていたのでした。それから彼は先を続け、質問に答える形で第二部を終えたのです。
帰幽者にとって火焔界のようなテーマを扱うのは大変困難なことなのだということが理解されなければなりません。この世界で起こっている――といわれる――諸状況について述べるのに適当なことばは地上の言語の中にはないのです。
この本はそれ自身で完結したものですが、『不滅への道』へ言及したところが少しばかりあり、また繰り返しの部分もあります。これは新しい読者のことを考えるとやむをえません。前記の本を読んだ読者のうちのある人がフレデリック・マイヤーズの用いることばがもっと簡潔だとよいという希望を述べたこともあり、意味を明確にするために原文を修正したところがあります。
霊界通信の仮説を受け入れる読者は、それをある程度、生きている者といわゆる死者の協同作業とみなすべきです。しかし地上に生きていたときの筆者の文体と三十五年前になくなった人からのものだとされる通信文のそれとが同じであるという訳にはいきません。伝達の困難が多々ある上に、天上界での経験が彼の世界観を全く変えてしまい、また彼の性格もある程度変わってしまっているのです。
また自動書記をとる人は、脳によって受け取られる通信者からの観念や印象を変更しているらしいのです。ですからこの本の各章は必然的に霊媒――マイヤーズと称する霊からは通訳者であると言われた――の語彙や教養によって制約されているのです。
前著の場合と同様、この本の標題も通信者によって示唆されたものです。彼のよく知られた『人間個性とその死後存続』に鑑みて、この選択はフレデリック・マイヤーズらしいものと言えます。以下の諸章に関する詳細については『不滅への道』を参照してください。

一九三五年四月           E・B・ギブズ

第二版(一九五二年)へのことば(E・B・ギブズ)

この版では、そこ此処で二、三の単語を直し一箇所の引用文と幾分不適当なところのあった索引を削除したほかは一九三五年版のものをそのまま正確に再版しました。新しいものとしては六一~六二頁〔第三章の「生体と連動する複体」の後半部〕と三つの「補遺」が本書に加えられました。
『人間個性を超えて』についてローレンス・ジョーンズ・バート卿が述べられたことばを以下にご紹介したいと思います。卿は心霊研究協会の前会長で、F・W・H・マイヤーズの親しい友人であった方です。ローレンス卿はロンドン・スピリチュアリスト連盟で開かれたこの書についての討論会で演説し、この書と前著『不滅への道』はフレデリック・マイヤーズからの通信に間違いないとの彼の意見を表明しました。
「私はこの主題に関して、以前の意見を変更するいかなる理由も見出しません。『人間個性を超えて』は明らかに、最初の本とひと続きのものであり、その発展、継続であります。ですから前の本がある通信源からのもので、今度の本がほかからのものであるなどということは率直にいって私には信じがたいのです。私は最初の本と同じようにこの本も受け容れます――マイヤーズからの紛れもない通信として。私は、こと私に関する限り、自分の立場を明確にしておくためにこれを言っておきます。」(『ライト』誌、一九三五年十二月十九日)

右は、ローレンス卿がローマヘの旅行の途中ヴァレスクレで、そこで一九〇一年一月に亡くなったフレデリック・マイヤーズと最後の一時期を過ごしたということを考え合わせれば、とても興味深いことのように思われます。
E・B・ギブズ

Copyright (c) 2000 UMEHARA Shintaro

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