【序文類】

不滅への道 序文類
(F・W・H・マイヤーズによる霊界通信)

G・カミンズ筆記/梅原伸太郎訳
(C) 2000 by Shintaro UMEHARA

掲載日:2010年11月18日
【内容】
原書扉・凡例
ジェラルディーン・カミンズによる第四版への序文
オリヴァー・ロッジによる序文
E.B.ギブズによる序文
THE ROAD TO IMMORTALITY

Being a description of the after-life
purporting to be communicated by the late
F.W.H. Myers
(Classial Lecturer at Trinity College, Cambridge)
through
GERALDINE CUMMINS
Forewords by
SIR OLIVER LODGE, F.R.S., D.Sc.

With evidence of survival of
human personality
by
E.B.GIBBES

<凡 例>
原注は[  ]で、訳注は〔  〕で示し、長いものは章末にまとめた。
特殊な用法を示すために大文字で書かれている語は〈 〉で示した。読みやすさを考慮して改行を加えたところがある。

ジェラルディーン・カミンズによる第四版への序文

『不滅への道』は初めオリヴァー・ロッジ卿 の序文付きで、一九三二年に出版されました。それ以来、英国版は一万四千部を売り、他に、ドイツ語、チェコスロヴァキア語、日本語〔訳注1〕などにも翻訳されました。これらの本はたちまち売り切れになるほどで、世間の関心は極めて高かったと言えます。英語版はこれで四版を重ねることになりますが、この二年間のあいだ、この本は、一般には入手不可能な状態でした。
この本が最初に世に出た時、マイヤーズの友人たちは、これをあの世の生活を物語るマイヤーズの通信であるとして受け入れたのでした。このフレデリック・マイヤーズという学者は、生前心霊研究に生涯を捧げた人として名高かった人です。
たとえば、かつて心霊研究協会(Society for Psychical Research)〔SPR〕の会長でありマイヤーズの旧友でもあったローレンス・ジョーンズ卿は『不滅への道』における他界の生活の説明を故人からの通信であるとして受け入れた一人です。ローレンス卿は、〔英国〕心霊科学学院(〔British〕College of Psychic Science)におけるこの通信についての講義の中でこのことに触れ、彼の見解を述べています。さらに彼は、マイヤーズがイタリアで過ごした――そこで亡くなった――最晩年の数ヵ月のことを、実際にその目でそれを見た人として詳しく物語っています。
ギブズ女史は私が自動書記という形式でこの通信原稿を受け取りつつあった時に、私の協力者であり、研究者でもあった人です。この本が出版されて幾日かたったある日のこと、このローレンス卿が、ギブズ嬢と私のもとを訪ねて来ました。そしてその折に彼は、通信者の未亡人であるエヴェリン・マイヤーズ夫人がこの本を二十七冊も買って友人たちに配ったので、彼女がこの通信を彼女の夫からのものであることと確信していることは間違いないと言いました。
数日後、二度目にローレンス卿が訪れた時、彼はマイヤーズ夫人が私を招き、彼女の自宅に同居して、そこで彼女の夫からの通信を受け取ってほしいと言っていると伝えてくれました。しかしこの時、私は、故郷で独り暮らしをしている母の健康がすぐれぬために、アイルランドに帰らなければならなかったので、この親切な申し出をお断りせねばなりませんでした。
『不滅への道』の原稿は一九二四年と一九二五年、および一九二七年のあいだに書かれたものです。この時期は、原子核に関する科学理論が発展する数年前のことでした。一九三七年になって、科学者たちは初めて原子の分割を手掛けたのでした。
故ジョン・イースト(ある科学者のペンネーム)氏は、『永遠の探求』という本の著者ですが、その中で彼は、最新物理学による、死後における人間の意識の存続の証拠を提示しました。『永遠の探求』は一九六〇年にサイキック・プレス社から出版されています。
イーストは、その著の一二五頁に、「カミンズ嬢のことに触れさせていただきたい」といい、『不滅への道』は、オリヴァー・ロッジ卿によって、F・W・H・マイヤーズからの通信であり、マイヤーズがあの世について記述したものであると認められたと述べ、本書の七九頁を引用してこう書いています。
「『他界の霊の教えるところでは、死の秘密は、魂の外殻にあたる部分の振動率が変わることにあるというのはあなたがたも聞き及んでいよう。例えば人間がその周囲の可視世界を感知するのは、その身体がある特殊な速度で振動するためである。あなたがたの肉体の振動数を変えれば、地球も、人も、物体も皆、あなたがたの眼前から消えてしまうのである。と同時に、あなたがた自身もまたそれらのものから見れば消えてなくなることになる。それゆえ、死は単なる振動数の変化である。この変化のためには、一時的な混乱が不可避である。というのも魂は、ある振動で進行する身体から、別の振動で動く身体に移らなければならないからである。』
これが書かれた時、ボーム教授の本はまだ出版されていなかった。私はこの頃すでに亜原子(subatomic)世界〔量子物理学〕が予言されていたかどうか疑問に思う。上記の引用は、カミンズ嬢の自動書記を通して得られた、マイヤーズのものであると考えられている。」
さらにイーストは次のように記している。
「おなじ本の一〇〇頁には次のように書かれている。『大意識(the larger mind)は、身体という粗雑な機械が死んでも破壊されないところの無限に微細な原子から成っている。私は原子と言ったが、あなたがたから見ればそれは流動体のように思えるかもしれない』。これはその時はまだ知られていなかった亜原子エネルギーの高い周波数について述べたものである。また、一一〇頁には、真に驚くべきことが述べられている。『われわれの環境は超エーテル的な性質のものである。それをもっとよく説明してくれと言われると大変難しい。しかし、エーテルが最極微の原子を含んでいるとまでは言ってもよかろう。その原子はあなたがたの世界の粗い物質を透過してしまう。両者は互いに別の次元のものなのである。』
こうした見解は私たちの仮説が単なる可能性以上のものであることを示すものである。と同様に、原則として、この通信の真実性は否定しがたいように思われる。」
以上が、ジョン・イーストが彼の『永遠の探求』の中で、一九二〇年代に書かれたマイヤーズの通信に与えたコメントです。
原子核の科学理論が発展し始めたのは、原子以下のエネルギーが発見され始めた一九三七年以降のことだという事実を見る時、マイヤーズがこの本で述べた考え方は、地上時間に数年先行していたことを示しています。

一九六七年九月、ロンドンにて
ジェラルディーン・カミンズ

〔訳注1〕 日本語訳は、昭和十年代に日本のスピリチュアリズム運動の先駆者であった浅野和三郎の訳によって『永遠の大道』の題で刊行されたが、本文のみを要約・評釈したものであった。

オリヴァー・ロッジによる序文

ジェラルディーン・カミンズ女史は、アマチュアの自動書記霊媒(trance-writer)として聞こえた人である。自動書記霊媒とはすなわち、表面意識の減衰状態下において、何ものかの支配を受け、自己の全くあずかり知らない事柄を書記する人のことである。私が自動書記についての最初の経験を持ったのは、パイパー夫人の自動書記文を研究して、その「実験責任者」となった時のことで、その結果は、SPR『報告書』第二三巻、一九〇九年、の特に一三一―一三四頁に書いておいた。カミンズ女史の事例において実験責任者となったのはギブズ女史で、彼女は、カミンズ女史がアイルランドから出て来た当時の同居者であった。カミンズ女史の手を度々用いた支配霊のひとりは、最近になって私の友人のF・W・H・マイヤーズを招くと称し、その結果極めて高遠なる内容の通信のごときものが送られてきたのであった。マイヤーズは生前、この二人の婦人のいずれの知己でもなかったのであるが、送られてきた原稿はかなりの量に上り、またその原稿の内容も、ある価値を有するように見えた。
そこでギブズ女史は私に書信を寄せ、私がこの原稿を閲《み》る気があるかどうか、またこの書記の内容をマイヤーズからのものとすることが妥当かどうかを尋ねてきた。検討の結果、私は、それが多くの点で、F・W・H・マイヤーズからのものである特徴を備えていると判断した。
彼が類魂に対して与えた説明は、生前の彼の説、及び私と議論した際の内容と一致していた。潜在的自我や再生について説くところなどはまさにそうであり、生前の彼の所説と充分に符合する。全体として言えば、書かれたことのあるものは謎に満ち、外見上混乱をきたしている部分もあり、また彼自身それを認めるように、これを絶対の真理とは言えないとしても、その内容は充分に彼の知性を示すに足るもので、味読すれば教示されるところ大である。
以上のことに決着を付けるため、先頃、オズボーン・レナード夫人〔「交差通信の記録」参照〕との個人的交霊会を催した時、私は息子の〔故〕レイモンドを通して、旧友たるマイヤーズに次のことを尋ねたものであった。すなわち、彼がカミンズ女史なる者を知っているか、またその通信内容に述べられたところは、彼の考えを充分に表現し得ているかどうか、その二つについて質《ただ》したのである。彼の答えの要点は次のごとくである。彼は確かにカミンズ女史に通信を送った。大体において彼は自分の言わんとするところを伝えた。通信の困難なことは彼も認めるところで、内容が必ずしも正確とは言い難いが、かなりの程度において彼の言わんとしたところを表わしており、合格点を与えたき意向である、と。
私は特に、このマイヤーズと称する霊に対し、彼が死後の世界の各階層間での違いを述べている中で、第三界、すなわち常夏の国とか幻想界などと呼ばれている境界について、彼が真に伝えたかったことは何であったかを問うた。私はすでに、そこの住人たちが、その世界を驚くほど地上と似ていると言い、花、木、家などがあり、また奇妙なことに、望みさえすれば何ものにもよらず手に入れることができると言っていることを承知していた。しかし私はそこの世界をマイヤーズ霊が言うように、すべて幻想であるとまでは考えていなかったのである。
彼の答え――主としてレイモンドを通して得られた――は、おおよそ次のようなものであった。帰幽後まもない人が第三界で目にする日常のものは、彼らには、自然で、よく見なれたものと感じられるものである、それらが一時的な環境であるのは、現世の物質的環境が仮のものであって、その見える通りのものではないことと同じである。
アーサー・エディントン卿は、日常の環境についてのこうした科学的な見方を強調して次のように指摘している。すなわち、固体的で、堅固で、連続性を持つと見える一個のテーブルも、実は互いに巨大な空間を隔てて旋回する一群の原子であり、われわれが床に立つ時は、足下にある原子がわれわれを上方へと叩きつける小さな力の集まりにより支えられている。
これらのことを普通の人は全く気がついていない。物質は科学的にはこんなふうにして説明されるのだが、普段は、日常生活の実際的な用途に合わせて、もっと習慣的な説明法を用いている。すなわちそれは、平常われわれの慣れ親しんだ粗っぽい感覚に訴えるやり方である。こうした説明の仕方はわれわれの身についたものとなっており、他のどんなことでもごく普通の人間らしいやり方で説明する傾向がある。それゆえどこへ行っても自分の環境を日常経験に合わせて説明してしまうのである。そのおかげで、死後においても、大きな衝撃や激しい変化を味わわずに、感覚の一貫性を保つことができるという利点はある。事実われわれは、記憶や、性格や、愛情のみならず、説明能力までも死後の世界へ携えて行くのである。かくしてわれわれの環境は、地上同様に見え続ける。環境を快いと感じる必要がある限り、地上での対象知覚にどんな幻想の要素があるにせよ、それと同じ種類の幻覚が次の界においても付きまとうのである。
第三の世界の住人がその知覚するものを幻想と思わないのは、地上の人間がそう思わないのと同じく当然のことである。より高次の境涯の住人にして初めて、地上や第三界の事物がはかない影のように見えるので、それはどこかあの陳腐ではあるが教訓的でもあるプラトンの洞窟の比喩〔プラトンはイデアの世界を太陽世界とすれば可視界は地下の洞窟に喩えられるとした〕を思わせ、そこに囚われた人や影のことどもを考えさせる。いずれにしてもわれわれは、一足飛びには、真の実在のきらめく火炎の全体を見る所まで、とうていたどり着けないのである。
マイヤーズが第四界、第五界、第六界、第七界について述べた説明は素晴らしいものである。私としては、マイヤーズがこれまでにそうした理解を持つに至ったのだろうという観測に反対する理由は何もない。私がこの本への序文を書くべきかどうかを尋ねると、彼は書くことに賛成した。
私が、できる限り話されたそのままを書き留めたレナード夫人の交霊記録を、抜粋ながら、ここに載せることが最も公正な態度であろう。抄録の最後の方の発言は、霊媒のエネルギーが尽き始めていたので、口早になっている。この時のレイモンドはもっぱらマイヤーズについて話した。彼はマイヤーズのことを愛情をこめて、「フレッド〔フレデリックの愛称〕おじさん」と呼んでいる。

(以下は、一九三二年三月十一日、オリヴァー・ロッジが、単独で、ケント州、オズボーン・レナード夫人との交霊に臨んだ時の記録からの抜粋。交霊は打ち解けた家族的会話の形式で、ほとんど二時間近くに及んだ。)
【ロッジ】 レイモンド、マイヤーズがカミンズさんを通して通信してきたというんだが、そして、お前のいる所は幻想界だと言っているのだが、どうだろうか。彼は本当に通信しているのだろうか?
【レイモンド】 ええ、その人を通して確かに通信していますよ。そのことについて話しましょうか。もし僕が間違っていれば、フレッドおじさんが注意してくれるでしょう。目下のところ、僕は境界線すれすれの所にいるんです。お父さん、僕らのいる界ではね、生活環境とか、そちらでは物と呼んでいるものを自分で創り出さなければならないんです。そしてそれらの生命は一時的なものなんです。つまりそれらは幻想です。ある程度物質化現象〔訳注1〕に似かよった幻想なのです。そちら側では、物質的なものは相当期間持続しますね。それらは見たところも感じでも、またあらゆる面から見て自然なものとして、この体の感覚に訴えかけます(そう言って、彼は私に触れた。――ロッジ)。僕らのいる世界では、いろいろな物、家とか着物などを自分で創り出すことになっています。当座の間に合わせなのですが、魂が生活したり働いたりするのとうまくあった、ちょうどよいものを創るんです。それらが自己表現の媒介物になっていくんです。お父さんの家や書斎その他だってそうなんですよ。そちらの人たちはそれに慣れてしまっているので、こちらへ来ても同じ状態での方が活動しやすいんです。ですから生活上やむをえざる幻想なんですね。
【ロッジ】 ところで、お前は幻想界にいるのかね?
【レイモンド】 あなたもですよ、お父さん。あなただってまさしく幻想界にいるんです。僕らはお父さんの住んでいらっしゃる幻想界の延長と言ってもよい所に住んでいるんです。その端の縁《へり》の所といってもよいでしょうね。僕は幻想界の一番外縁《そとべり》の所にいるので実在の世界にも触れているんです。あなたがたよりももっと実在的なことは確かです。お父さん、霊の世界は実在の世界なんですよ。霊も心も実在の世界に属するんです。ほかのものはみんな上っ面のもので、ある意味の一時的な必然性はありますが、永遠不滅の実在世界から見れば、「はかない」存在なのです。霊と魂はその実在世界に属します。エーテルの世界は心の力によって生み出されるんです。僕らはいまだ、地上の物質世界から完全に自由になっているわけではありませんが、もっと独立性を持っています。でもまだそれに関心があるんですよ。
【ロッジ】 お前たちの世界には物質的なところがあるのかな?
【レイモンド】 そうです。物質的です。フレッドおじさんはいつもそう言っています。
【ロッジ】 エーテル的と言ってもよいのかね。
【レイモンド】 はい、難しい言葉ですがね。エーテル界はまだよく調べられていません。エーテル界の中にも世界があって、その世界の中にもまた世界があります。でも、お父さん、この世界は心が活躍するんですよ。
【ロッジ】 その世界では心はいつも働いている、と私は思うんだがね。
【レイモンド】 そうです。そして心は自らの進歩に――むしろ魂(Soul)の進歩に、と言ったほうがいいでしょう――必要な幻想を生み出します。魂のことを忘れては駄目です。魂こそ人間そのもので、人間の本質です。お父さん、人間は過ちを犯したり、束縛から逃げ出したり、愛したり、憎んだり、善事や、時としては悪事さえも犯そうとしますが、それこそ魂なんです。霊(spirit)となると悪事とは没交渉です。しかし魂には自己表現する背景や、環境や、乗り物が必要なので、それらを創り出すのです。ですから、お父さん、この幻想という言葉は誤解されておりますが、僕たちの世界にもお父さんの世界にも当てはまるものなんですよ。
【ロッジ】 それでは、心はこの世でも物を創り出してきたんだろうか?
【レイモンド】 そうですよ。でもそれは、あなた個人の心が、というわけではありません。偉大な建築家である方〔神〕の心が創り出したものです。僕らはみな程度こそ違え建築家なのですが、すべての中でも最も偉大な建築家が、エーテル世界を創り出したように、物質世界をも創造したんです。霊もエーテルもです。
【ロッジ】 エーテルは霊にとってぜひとも必要なものなのか?
【レイモンド】 エーテルと霊は分けることができないものだという気がします。今フレッドおじさんに尋ねてみました。おじさんは両者は不可分のものだと言っています。エーテル世界は実在の世界に属していると、彼は今言ったところです。しかしそれはもちろんお父さんの世界にも浸透しています。生命のあるところにはエーテルがあります。
【ロッジ】 つまり、生命の乗り物というわけだ。
【レイモンド】 そうです。それはフレッドおじさんの言葉ですね――生命の乗り物というのは。もし僕らがそちらの人に少しでも教えてあげられたら、大部分の人の恐れている死がやって来ても、それは、何か未知で、不案内で、恐ろしい――不案内だから恐ろしいんですが――状態に飛び込むわけではないんだということを気づかせてあげたいですね。そういう人たちは見知らぬ世界に行くのが嫌だと言いますが、そうではなく、現世と似たような世界なんです。お父さん、自然について言いましょう。自然は物質界に属していますね。僕らの世界にも花や木があります。僕らの世界を形造っているのも自然です。現世においては自然は本能領域のみにかかわっているのですが、こちら側では知性の領域とのみかかわっています。地上では、本能に即して生きている人を見受けますが、僕らは自分の心と知性を用いて生きており、盲目の本能に従うことはありません。もっとも植物界や低級動物界は本能だけで生きています。知性によって生き、心が行動を支配する生命形態に触れて初めて、個的な意味での死後の生に生き、また生きることに適合したと言えるのです。
【ロッジ】 つまり、個性を獲得したというわけだ。
【レイモンド】 そうですよ、お父さん。そこが分かれ目なんです。何も本能を非難しているわけじゃありません。それを神の大計画の中の本来の位置に置かせようとしているだけです、そちらの世界では、本能を通じて起こる良いことがたくさんあります。お父さん、今日はお話しできて幸せでした。フレッドおじさんも、僕を通して話ができて嬉しいと言っています。
【ロッジ】 私はこれからカミンズさんと会う予定です。貴君は、第五界、六界、七界について通信しましたね。
【マイヤーズ】 ええ、確かに。私はもっぱら外から眺めているんです。いろんな条件があって、それが精一杯のところです。
【ロッジ】 序文を書いて欲しいと頼まれているのですが……。
【マイヤーズ】 いいでしょう。結構ですよ。
(この後、別れの挨拶の後、交霊会は終わった。)
以上の個人的証拠に意を強くして、私はこの本を、真面目な人たちがやがて経験することになるあの世の生活や、諸段階についての情報を与える真摯な企てとして推薦したい。まだほかにも進歩の低い段階の人や、よからぬ考えを持った人々の行くべきところがあるのであるが、ここではそれに触れないでおく。通信者が他の階層にいる人々の明瞭な情報を、そうした経験を持たない人々に簡潔に伝えることは困難なことに相違ない。またその説明には過誤があるかもしれないが、しかし私は、この本は、十分な教養を持ち、献身的奉仕心に溢れ、かつ一点曇りなき誠実さを備えた自動書記者を通して得られた、能う限りの真実を伝えんとする純一の企てであると信ずる。

「唯物論に身を任せきった文明は、その精神的資産を使い果たしてしまい、更新する力を持ちえない。…・・・もし、心霊研究が、唯物論とは全く別の事実を発見できない限り、唯物論はなお広がり続けるであろう。他のいかなる力もそれを押し止めることはできない。既成の宗教も形而上学も、等しくこの前進する潮流の前には無力なのである。」――マクドゥーガル教授

〔訳注1〕物質化現象とは心霊現象の一つで、霊が、霊媒の複体が分泌するフルイドを体外に取り出してエクトプラズムと呼ばれる半物質状のものに変化させ、それによって霊の姿などを作り出すとされている。

E・B・ギブズによる序文

この本の内容は英国の詩人であり、随想家であり、また、一八六五年にケンブリッジ大学トリ二ティ・カレッジの古典文学講師となった、F・W・H・マイヤーズによるあの世からの通信であるとされるものです。彼は一八八二年に、シジウィック教授や、ウィリアム・バレット教授やエドマンド・ガーニーらと心霊研究協会を創始した人です。彼は一九〇一年の一月に亡くなりました。
「自動書記」といわれる方法による以下の通信は、ジェラルディーン・カミンズ女史により三期(一九二四―二五年、一九二七年、一九三一年)にわたって書記されたものです。女史は心霊研究の用語でいう、「自動書記者」(automatist)です。しかしながら、「通信者」(communicator)と称する霊(F・W・H・マイヤーズ)のほうでは彼女のことを通訳者と呼んでいます。主観的心霊現象〔訳注1〕の場合においては、「内在意識」〔第十八章参照〕が、未知の世界からやってくるとされる通信や書記の通訳として不可欠のものらしいとされているところからみますと、これは適切な用語のようです。
カミンズ嬢はコーク州の故アシュレー・カミンズ教授(医学博士)の娘として生まれ、これまでの生涯の大半をアイルランドで過ごしてきました。彼女はかつてアイルランドホッケーのチームの一員でしたし、また現在熱烈なテニス愛好者でもあります。彼女は個人教育を受け、主として戯曲や近代文学に興味を持ってきましたが、科学、心理学、形而上学等については特に学んでいません。六人の兄弟は大戦に従軍し、そのうちの二人は戦死しました。彼女は職業霊媒ではありません。彼女はアイルランド農民小説『人々の愛した国(The Land They Loved)』(マクミラン社刊)の著者であり、また、ダブリンのアベイ劇場で上演された二つの民衆演劇の上演協力者でありました。彼女にはまた、何冊かの心霊方面の著書〔補遺一参照〕があります。私たちの知りあったのは一九二三年のことでしたが、その年の終わりには一連の自動書記実験を始めていました。
自動書記は、書き手の手がしばしば自己の意識の内にない知識を書くような場合に、真の自動書記現象であると証明されるものです。この手段によって、エドワード・マーシャル・ホール卿などは死後の生命の存在を確信するにようになりました。自動書記について彼はこう言っています。
「私はいわゆる死を超えて生命が実存し、いわゆる死者とわれわれの間には通信の手段があることを確信したし、また今も確信している。……」
ある人々が高い波動と「同調」して、その波動を通して、いわゆる死者がこの世と再び交渉を持つことがあるというのは本当のことです。私は「いわゆる死者」と言いましたが、それは肉体を離れた人という意味です。というのも、二十五年にわたる自動書記現象の研究の結果、死者というものは消滅してしまうものではなく、ある条件の下では、地上にある時と同じように人と話すことができるということを私は確信しているからです。
カミンズ嬢はとても素晴らしい自動書記をする人です。肉体死後の人間意識の存続を示す多くの通信が彼女によって書かれました。書かれた時はその場の誰にも未知のことが、後になって確認されるといったことのみならず、彼女が会ったこともない死者たちの話し方の癖や、性格などを再現してみせたのです。これらの例のいくつかが本書の「要約」に紹介されています。
彼女が、この本にあるような書記を受けとるためにとった方法は次のようなものです。彼女はまずテーブルについて、右手で目を覆い、静かに精神を集中します。彼女は、この精神集中のことをこう述べています。
「まもなく私は半睡状態に陥ります。一種の夢見る状態なのですが、ある意味から言えば、目覚めている時よりももっと意識の明るい状態です。しばしば私は、夢想家が、ことばとして形成されつつある観念に意識的操作を加えないで受け身のままでいるあの状態をはっきりと感じていました。私はただ聴き入るばかりで、静かに受動的にしていることで、話しかけてくる見知らぬ人物に力を貸しているわけです。このような心理状態をことばで表わすことはとても難しいのです。そのあいだじゅう私の脳は誰かに使われているという気がします。電信が止めどなく脳を打ち続けているような感じです。書記のスピードは、あたかも用意された原稿が読み上げられるそばからどんどん筆記してゆく時のようです。しかし書き手である私の能力以上のものが要求されるみたいです。どんな霊が働いているにしても、その霊は、ことばではなく、想念や、イメージの言語で通信してくるようです……」

カミンズ嬢は、一枚の紙の端に静かに右手を置き、先に述べられたような軽い入神状態《トランス》、ないし夢見る状態に入っていきます。こうして自動書記が始まります。だいたいにおいてまず、「支配霊」〔control 霊媒の交信を司る霊〕が責任者としての前口上を述べ、ついで話しかけたがっている霊がいることを伝えます。書記のスピードが速いのと、カミンズ嬢が軽い入神状態にあるせいもあって、傍らで余白がなくなるごとに紙をめくってやる人が必要です。その時私は素早く彼女の手を持ち上げ、次の頁の頭に置きます。このようにして書記は遅滞なく進行するのです。
こんなふうにしてカミンズ嬢と私は実験を始めたのです。私は、彼女の書記におそらく五十人ほどの人物が登場してきて、それぞれ異なった文体で自分が死者であると主張するのを目撃しました。それゆえ、カミンズ嬢が自分で会ったこともない人々の心理的な特徴を再現する事実や、また、彼女とオズボーン・レナード夫人との間に交わされた交差通信の観点から見ても、この本に示された自動書記が、彼ら自身の言う、あの世以外の所から来るものとするのは非合理なことだと考えます。
マイヤーズ出現の最初の徴候があった当時、私たちは、彼に全く何の面識もありませんでしたし、彼についてはほとんど何も知らなかったのです。彼の亡くなったのは三十年も前のことで、その頃のカミンズ嬢はといえばまだほんの子供でした。私たちは彼と接触しようと思ったわけではなく、有名な彼の『人間個性とその死後存続』(Human Personality and Its Survival of Bodily Death)という本〔一九〇三年刊〕もその他の著書も読んだことがなかったのです。
通信が実際に紙の上に現われるやり方を述べるのは、読者にとって興味のあることかもしれません。「おはよう」とか「こんにちは」の後に、「フレデリック・マイヤーズ」という名前が書かれます。少しばかり親しみのある会話が交わされた後、前の原稿の最後の所を大声で読むことが要求されます。次の章の表題が紙の上に現われ、その一行下にくっきりとアンダーラインが入れられます。そして各章の内容が素早く書き出されるのです。
たいていの場合、自動書記の前に長い瞑想をするというようなことはなく、またいったん通信が始まると休止なく書き続けられます。カミンズ嬢も私も、内容が現われるまでは何が出てくるのか全く見当もつきません。「心霊エネルギー」(psychic power)が尽きますと、書記は中途の切りのよいところで終わってしまいます。この書記の能力は、カミンズ嬢の普段の能力をはるかに上まわっており、また、文と文のあいだに切れ目がないのが特色です。大体において段落や句読点は後になって挿入されるのです。
この通信者と称する霊は、しばしば英語という言語に不満を唱え、彼の意図するところ――つまり地上を超えた世界を表現するのにふさわしいことばがないことに苛立ちを示しました。
見えない世界からの通信者は、しばしば彼らの用いる言語は想念を媒介にするものだと強調します。それゆえまず「想念」が通信者から自動書記をするものの内在意識の中へと投げかけられ、そこでその想念を表現することばを見つけ出すのです。
このことについては、以下の引用が興味深いでしょう。これはマイヤーズを名乗る霊が、カミンズ嬢を通して通信すると言ってから、二度目のときに淀みなく書き出したものです。

「この内在意識をこちら側から扱うのは非常に難しい。われわれはそれに通信内容を刻印する。直接に霊媒の脳に刻印することはまずもって不可能である。内在意識がそれを受け取って脳に送るのである。脳は器械にすぎないのである。内在意識は柔らかい蜜蝋のようなもので、想念を受け入れ、それに当てはまることばを見つけだす。交差通信が困難なのはこのためである。仮に想念を送ることに成功しても、実際にどんなことばがその想念を表現するかは内在意識の中にある内容によってもっぱら決まるのである。もし私が一つの文章の半分をある霊媒に送って、ある半分を他の霊媒に送ろうしたとすると、私は一つの同じ想念を二人に送って、その一部がひとりの霊媒から、他の一部がもうひとりの霊媒から出るように内在意識に暗示するしかないのである。……われわれは霊媒の内在意識を通して印象を伝える。内在意識は奇妙なやり方でそれを受け取るのである。内在意識が通信に肉体を与えるものとすると、われわれは精神〔真意〕を与える。言い換えれば、われわれは想念やそれを組み立てるべきことばを送るのであるが、そのことばの実際の文字や綴りは霊媒の記憶から引き出されるのである。実際には、われわれは想念のみを送り霊媒の無意識の心がそれにことばを当てはめることが多い。」

右の説明は目に見えない世界からやってくるという通信は、通信者と霊媒の間に協力がなければうまくいかないことを示しています。それゆえ明らかに、通信の質は通信を送ってくるとされる霊が働きかける人の、心と脳の持つ教養と語彙に依存していると言えましょう。ということは、当然、もし知力の劣った人間の心が、教養ある通信者によって用いられる場合には、そのような通信霊は自分の思想の正確な翻訳を地上に伝えることは難しいということになります。
この説明は、通信の中に、しばしば、他界からくるかどうかが問題視される観念の混乱や、ばかげた意見が見られること、そしてそのことが結果において世間の人に、人間個性の存続を疑わしめるもととなることなどを非常によく納得させるものです。
書記が現われるスピードについては前にも触れた通りですが、さらにいくつかの細かな点を見てみると興味深いものがあります。閾下《いきか》自我に関する難解な論述が書かれた時を例にとってみると、この論述の最初の一四一〇語は、およそ一時間五分のあいだに書かれたものです。これと対照的にカミンズ嬢の原稿作成能力は、一所懸命やったとしても、約八〇〇語からなる一つの記事を書き上げるのに七、八時間かかっています。
自動書記のための交霊は一時間半ほどですが、時としては二時間以上に及ぶことがあります。この二時間のあいだに、二六〇〇語のことばが休みなく通信されたこともあります。ある時などは五人もの目撃者のいる前で、一時間十五分で、二〇〇〇語を書いたこともありました。
死後の生活に関する観察記述は様々なルートを通して伝えられてきましたが、それはしばしばあまりに物質的であったり、地上の生活と似すぎていることで非難されています。そのため、とても一般の受け入れるところとならないのです。この本の最初の部分に書かれた事柄もあの世の生活に言及していますが、それはこれまで死後の生活が多くの人々にばかげた魅力のないものに思われてきたわけをよく説明しているようです。通信者と称するこの霊は、自分は無謬ではない、がしかし、「自分で体験した真実」を書こうと努めていると言っているのです。
帰幽者とこの世の人間との通信は「内容がばかばかしいか、さもなければ無意味である」という理由で認められないのだと主張されてきました。
私はこの本の内容をばかげたものでも、無意味なものでもないと言いたいのです。例えば、閾下自我について言われていることはどうでしょうか。ここに述べられたことは明らかに、下らないことばかりが通信されるという従来の主張を反駁しうるもので、この点について、スタンリー・ド・ブレイス氏(『心霊科学』編集長)はこう述べております。「ここには、最も重要な問題――あの世における人間の構造が扱われています」。そしてさらに、「エーテルの物理学といったものがもっとよく知られるようになれば、ここに述べられているようなことは、間違いなく承認されるようになるでしょう。心霊的なものの機能が物質的なものの機能よりより複雑ではないと想定されるような理由は何もありません」と言い、またさらに第一部についてはこう述べています。「私は一見してこの中に真理を認めます。そしてこの形而上学的理論体系についていえば、一読してただちにその細部まで納得するわけにはいかないとしても、それは一つの体系として論理的なものだと思えます。」
人間が次の世で経験する状態の説明が知的に述べられているという点で、この書は思考力のある人々の関心を引くことでしょう。ド・ブレイス氏はこの本についてさらに次のように述べています。「あなたがたは私が永いこと探し求めていた理想のものを私に紹介して下さいました。これはとても独創的で、かつ途方もなく素晴らしいものです。……これらの通信には何ともいえず興味深いものがあります。これが、F・W・H・マイヤーズのものかどうかについては今のところ問題は残りましょう。しかし、これらが目に見えぬ世界における人間の魂の永い進歩を明らかにする、ほとんど最初の試みであることは認めてよいと思われます。……」
これらの自動書記が得られた情況についてのカミンズ嬢と、オズボーン・レナード夫人間の交差通信に関する詳しい記述は本書巻末に付されています。これらは少なくとも同じ霊的実体が二人の別の能力者を通して通信したと称している、という事実を示すものと言えましょう。

〔訳注1〕物質的な現象を伴わず、霊媒の意識を通して表現されるテレパシー、予知、霊言、霊視などの現象を言う。

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