【雑稿】ロンドン・スピリチュアリズムその2―ハリー・エドワーズの跡を慕いて

ロンドン・スピリチュアリズム その2

掲載日:2006年6月17日

ハリー・エドワーズの跡を慕いて

ハリー・エドワーズは世界的に有名になった霊的治療家の名前である。私が、ロンドンに着いて真っ先に向かったのは、ロンドン郊外のギルドフォードシェアにあるハリー・エドワーズ霊的治療サンクチュアリーであった。シェアに近づくにしたがって美しい田園の風景が広がり、少年の頃しきりに読んだイギリス小説の、今は白黒に化した思い出が豊かな色彩に塗り替えられていくようで、思わず期待と感動で一杯になった。私は、かの大きな魂が既に他界し、その後を弟子のレイ・ブランチ夫妻に引き継がれていることは良く承知していた。シェアサンクチュアリーに着いてすぐ目を奪われたのは、この治療院の美しさである(写真1)。

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写真1 故ハリー・エドワーズの治療院

この建物は写真だけでは良くわからないが、庭も建物の中も美しい花に満ちていた。私は、思わず『このような美しい環境の中でこそ、霊的治療はするべきである』と、ため息をついたほどであった。
さて、私にはレイ・ブランチに是非とも聞いてみたいことがあった。それは、わが国で霊的治療をする人の中に、治療者が患者の病気を受けて(俗に“受ける”という)おかしくなってしまう現象についてである。それに対し、レイ・ブランチはこう答えた。

『私たちにそのようなことが起きてしまうことはまったくありません。もしそのようなことがあるとすれば、それは治療する人が、自分が治療していると思っている場合だけです。治療は人がするものではなく、霊がするものだということを知らなければければなりません』。

さて、ブランチ氏の助けを借りてハリー・エドワーズについてもう少し説明しよう。彼は生前、1年に70万件ほどの世界各国からの遠隔治療依頼を受け付け、そのほとんどが治癒したと言われている。彼の後継者のレイ・ブランチ氏は、ハリー・エドワーズをキリスト以来最高の霊的治療家だと述べ、また、彼にはいつも微笑みと光とそして治癒があったと書いた。弟子のブランチは師のエドワーズに対して「四、五百年に一人の人、キリスト以来最も偉大な治療家であり、キリスト以来最も人々に愛された人」などと最大級の賛辞をささげている。
師の人物の大きさを表現しようとして、もし彼が映画制作者であったとしたら、あのセシル・B・デミルの叙事詩的映画(幻灯写真)に思わせてしまっただろうなどとも述べている。
ブランチはまた、彼の眼に映じたエドワーズの姿を次のようにも叙している。
朝、エドワーズが戸を開けて現れ、一言おはようと言うと、どんなに悪天候の日でも、あたり一面に太陽の光が満ち渡るようであったと。ブランチの心に焼きついた師のイメージはひたすら人々への奉仕に身を捧げる姿であった。エドワーズは、患者に向かって微笑をたたえ、身を前かがみに乗り出し、手を差し伸べて言う。『さあここに来て座りなさい。あなたを治療し、魂を洗いなおして差し上げましょう」(写真2参照)。40年に渡って、彼の前には人の行列があり手紙の山があった。

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写真2 故ハリー・エドワーズの肖像

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写真3

写真3は、世界各地から松葉杖をついてやってきた人たちが、ハリーエドワーズの治療で治癒し、感謝と記念の印として松葉杖を置いて行ったものである。

彼は決して倦まず、いつも快活で、自分の使命を愛していた。
多くの人が彼を聖者とみなし、公開サービスの日には人々が彼を取り巻き、少しでも彼の服や身体に触れようとした。それはさながら、聖書の一場面を思わせる光景であった(拙訳『霊的治療の解明』国書刊行会刊、を参照のこと)。さて、最後に当たって、上記の『霊的治療の解明』の筆者解説の中から次の数行を記しておきたい。

《これまで行われてきた我が国の霊的治療と言われるもののほとんどは、従来の信仰治療の概念か呪術の範疇に含まれるべきものである。人間の病を霊魂の観点から治療する方法は自然のものであって、あらゆる民族と時代に普遍的に存在する。まさしくそのような手段によって、人間の病は癒されうると考えられる。実際には人霊の関与があっても、我々の先祖たちは目に見えぬ優れた働き手たちを神だとか菩薩とか呼んでいたのである。この事情は、どこの国のどの時代においても大同小異であったろう。ここに付け加えるまでもなく、神や菩薩の実態は何か、実際には人のために働く治療霊と同じ存在がいたのだということがわかる。すなわち、事は神秘的な名づけの違いの問題だった。しかし、このことは意外に気づかれなかったと思うのでここに加えてあえて言えば、スピリチュアリズムはあくまでも神秘主義とは別のものである。ハリー・エドワーズにはいつも決して聖師めいた振る舞いも表情もなかった。彼の身体には、与えても与えきれぬ愛が詰まっているかのようであった。》

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