3-(11)中間世セラピーと霊界探究―マイケル・ニュートン著『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』『死後の世界を知ると、人生は深く癒される』の紹介

かつての霊媒による「交霊会」に代わって、現代では臨死体験や前世問題研究が、「死後存続」研究の前面に出て来たことは、すでに各論編の「死後存続証明の新たな展開――臨死体験と前世療法」でも述べました。特に、前世療法は、人々の個人的好奇心を刺激するせいもあって、大衆的広がりを見せ、死後存続説受容のための土壌づくりをしているとも言えます。(もちろん前世療法に対しては、唯物論者からはもとより、一部の心霊研究家からも、その「実証性」に対してかなりの批判があります。)
ここで紹介するのは、その前世療法の分野で、豊富な事例に基づいて異色の知見を提出している、マイケル・ニュートンの著作です。
ニュートンは、1932年生まれで、15歳の頃から「催眠術の実験」を行なっていたと言います。カウンセラー・催眠療法士となった後も、本来は「懐疑的な人間」で、「行動療法の専門家」だったそうです。ところが、クライエントからの要請で「過去世退行」を試みていく(おそらくは、1970年代、それがブームになっていたせいもあるでしょう)うちに、前世療法の持っている治療的効果と、その内容の豊かさに魅せられていきました。

ニュートンの特色は、単に過去世に遡行し、トラウマを探り出して症状を改善するということを超えて、過去世と現世の間にある「中間世」すなわち霊的な世界に照準を合わせた点にあります。もちろん、中間世問題は、前世療法のパイオニアであるウィリストンやホイットンも注目していたもので、特にホイットンでは、そこにおける「大いなる存在」=守護霊からの指導ということを、重視していました。
しかし、ニュートンは、クライエントの治癒のためという範囲にとどまらず、きわめて「探究的」な姿勢で、この中間世における魂の姿を探っていきます。
質問は微に入り細に入りで、むしろパラノイアックな感じさえしますが、それによって、一つの生を終え、次に生まれ変わるまでの魂のありようが、浮かび上がってきます。ニュートンは、1980年代の10年間、ほぼこの問題に焦点をしぼって退行催眠を行なったと証言しています。
一つの生の終わりから、次の生の始まりまでの間、つまり中間世は、端的に言えば「霊界」です。したがってニュートンの作業は、転生記憶を利用した、「霊界探究」であるとも言えるわけです。

人間は死んだ後どうなるか。そして次にこの世に生まれるまでにどのような過程を経るか。それは、ニュートンが1990年代に入ってようやく刊行した2冊の本に微細に描かれています。一つは、Journey of Souls: Studies of Life Between Lives, 1994(『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』2000年、ヴォイス刊)であり、もう一つは、Destiny of Souls: New Case Studies of Life Between Lives, 2000(『死後の世界を知ると、人生は深く癒される』2001年、ヴォイス刊)です。ともに日本語版で400頁を超える本で、クライエントとの実際のやりとりも多く収録された、きわめて内容の豊かな本です。(ただし、後編の方は、原文が難解なのか訳が悪いのか、非常に読みにくく、現在では絶版になっているようです。)

◆ニュートンの技法

ニュートンが述べている催眠技法について、少し触れておきます。
通常、心理療法のカウンセリングは1時間から1時間半で行なわれますが、彼のセッションは4~5時間をかけているようです。
導入面接(インテーク)が終わると、彼はすぐにクライエントを催眠状態に導くと述べています。そして、退行催眠を行なう際には、まず1時間ほどかけて、森や海岸の情景を自由にイメージさせます。次に、現世での年齢退行催眠を行ないます。年齢を徐々に遡っていき、幼少時の様々な記憶を想起させた後、子宮内記憶へと導き、それから「前回の」過去世へと遡らせます。その過去世をざっと振り返ったら、そこで臨終の場面へと導き、死後、霊界へと移行するプロセスを想起させます。そこでさらに1時間ほどかけて催眠を深めさせ、その後に、中間世=霊界で体験した様々な場面を想起させます。これに2時間ほどかけるとしています。
これはかなり異例で、エネルギーの必要とされる作業だと言えるでしょう。数はこなせないでしょうから、ある程度の説得性を持った知見を得るには、相当の年月がかかるはずです。70年代から前世療法を始めながら、94年までその成果を公にしなかったのは、このあたりに理由があるのかもしれません。

これだけの時間をかけているせいもあって、ニュートンがクライエントから得た情報は、きわめて具体的で微細なものとなっています。死直後の「トンネル体験」、霊的存在との出会い、今生の回顧・総括プロセス、ガイドやグループ・ソウルとの関係、そして次回の再生の決定プロセスなどが、にわかには信じがたいほどの具体性・細密性をもって描かれていきます。以下、そうした報告が、これまでの霊的世界の情報とどう重なり、どれだけ新しい知見を含んでいるか、きわめて大雑把にならざるを得ませんが、見ていくことにします。

◆死直後のプロセス

死の直後(というより、厳密には死の直前)、魂は肉体から抜け、自らの体や周囲の様子を眺め、やがて光る霧に包まれ、トンネル状の空間を光に向かって昇っていき、物故者や霊的存在と出会うという、臨死体験などでも報告されているプロセスは、ニュートンの報告でも同じです。
ニュートンの微細な質問が明らかにしているのは、霊界回帰のこのプロセスは、魂のレベルに応じて、様々な形を取るということです。比較的若い魂は、ゆっくりと進んでいき、親しい親族や知人の出迎えを受けるようです。ある程度の成長を遂げた魂は、ガイドなど高位の霊的存在とすぐに出会うようで、中には、類魂たちとの出会いを経ずに、一気に高位の霊界に帰還する魂もあると言います。
魂が今生でなしてきた行為を、回顧・省察するというプロセスも、仔細に描かれています。類魂との出会いを通して、人生の隠された意味を悟ったり、ガイドとの対話を通して、今回の生で予定していた様々な学びをきちんと学ぶことができたか、確認したりします。他の魂に与えた苦痛を、自らが受けるようにして再体験するという、「因果応報」も、このプロセスに確かにあるようです。この「学び」の経緯が、2冊の本にはクライエントとの対話としてふんだんに描かれています。
極悪な生を送った魂は、しかるべき場所に隔離されたり、似たような魂ばかりがいる「煉獄」のような苦境に赴くというのも、これまでの霊信が伝えている通りです。矯正不能と判断された魂については、一部の霊信では「解体」されると言われていましたが、ここでは、「作り直される」と述べられています。

◆類魂とガイド

マイヤーズ通信が1930年代に明らかにした「類魂」という概念は、20世紀後半の前世療法の開花の中で、改めてクローズアップされました。ニュートンの報告でも、このことが非常に微細に述べられています。類魂の数は、「3人から25人とかなり幅があり」、「平均的な集団は15名前後」だと言います。これらの魂は、「共通の目的に向けて絶えずお互いと協力しあって」いて、一緒に転生を繰り返すわけです。ただし、類魂はおおむね同じレベルの魂から構成されますが、多少成長の度合いが違うこともあり、時には、一部が卒業していったり、新たに同じレベルに成長した魂が加わったりすることもあるようです。近隣のグループ間では様々な交渉がありますが、周辺的な役割を担ったりするだけだと言います。類魂は親子として生まれる場合もありますが、兄弟や同士的知人として生まれる場合が多いようです。もちろん、運命の恋人として恋愛を繰り返すケースもあります。
それぞれのグループには、全体を指導するガイド(=守護霊)がいます。基本的にはすでに何度も転生し、地上に生まれることより、魂たちを指導・教育することで霊的成長を遂げようとしている魂です。ただし、稀には、部分再生をして、教え子とともに現世を生きる場合もあるようです。

◆霊魂の分割

ニュートンの報告で、最も注目される知見の一つは、魂の分割ということです。
ニュートンのクライエントが口をそろえて述べているのは、魂はこの地上に再生する際、一部を霊界に残していくということです。これはエネルギーの分割として表現されています。ある魂は、エネルギーの30%ほどしか持たずにこの世に生まれてくるが、別の魂は、90%ものエネルギーを携えてくる、というのです。多くを霊界に残してきた魂は、地上での華々しい成功はしませんが、霊界に残った部分はそこで活発な活動を継続します。地上に多くを持ってきた魂は、現実的な成果を収め、活発な人生を送りますが、霊界に残った部分は休眠状態となります。
この霊魂分割は、これまで霊信でほのめかされてきた事柄を、よりはっきりとさせてくれます。それは、シルバーバーチを始めとする霊信で、「あなたは今この世に生きているが、霊界においても生きているのだ」と言われてきたこと、そして「死亡して霊界に行った魂とは、たとえその魂がすでに生まれ変わりをしていても、必ず霊界で会うことができる」と言われてきたことです。魂が再生する際、自らを分割して生まれてくるとすれば、こうした言葉の意味ははっきりとします。

この霊魂分割が、マイヤーズ通信の言う「部分再生」とどのように関係するのかは、はっきりとしません。類魂の性格やカルマを部分的に担って再生するということがあるのかどうか、ニュートンの報告では明確には述べられていません。しかし、いずれにしても、霊魂とは、普通に私たちが考えるような、一個の分割不可能な実体ではない、ということは真実なのでしょうし、そうだとすれば、分割再生も部分再生もともにありうることだと言えるでしょう。
さらに興味深いのは、ごく稀に、自らの霊魂をさらに分割し、同時に二人の生を生きることもあるということです。これは、地上での学びを早くするために行なわれるが、あまりうまく行かないことが多いので、普通は行なわれない、と述べられています。

◆人生の選択

生まれ変わりをする際、どのようにして場所や時代や境遇を選ぶかに関しても、ニュートンは多量の微細な報告を載せています。そこでは、それまでの生で学べなかったこと、学び損なったこと、そして失敗して再挑戦すべきことが、霊的課題として課せられ、それにふさわしい「次生」が選ばれることになります。このプロセスにおける、高位の霊的存在の関与や、ガイドの指導、実際の場面の様子などについての詳細な記述は、驚くべきものがあります。
すでに多くの霊信が伝えているように、魂はあらかじめその人生がアウトラインとしてはどのようなものになるのか、充分に知って再生してきます。厳しい境遇や、艱難の多い航路、現世的には薄幸に見える最期などは、すべて魂が承知し、選んできたものだというわけです。
このことは、「宿命」と「自由意志」という、ずっと問題になってきた難問を引き起こします。それについて、ニュートンの報告では、より具体的な説明がなされています。それは、魂はいくつものオプションの中から選択をし、それによって学びや成長は大きく変わる、しかし、基本的なアウトラインは変更されない、というものです。
例えば、ある魂は、ソウルメイトであるもう一つの魂のために、人生半ばで事故死を遂げる役割を担ってこの世に生まれてきました。それは、ある仕方で現実化しましたが、別の死に方も可能でしたし、そこで死なずに生き延びるオプションもありました。しかし、ソウルメイトのために死ぬという基本的モチーフは、いずれの場合にも充足されることになっていたわけです。
もちろん、このような「高次の意味」は、現実に生きている人間には、なかなか理解できないものです。宿命と自由意志の問題も、現実に生きている中では、迷うばかりで捉えがたいものです。しかし、私たちの人生というものは、自ら選んだものであり、それにふさわしい運命が与えられているということ、そしてその中で主体的に、意志と責任をもって選択していくことも非常に重要だということ、それは私たちが理解できずとも受け入れなければならない、霊的真理だということのようです。

なお、人間が生まれるに際して、肉体に宿ろうとしている霊魂と、肉体(脳)自体が作り出す“亜人格”のようなものとの間に、ある種のぶつかり合いのようなものがあると述べられていることは、興味深い指摘です。肉体の側の“亜人格”は、霊魂の“侵入”を異物のように感じることもあるとされています。このようなことがあるのだとすれば、人間とは、「霊と肉」からなるのではなく、「霊と肉体的亜人格と肉体」からなると、考えるべきかもしれません。人間にはどうも、「血統的性格」(父母・祖父母からの遺伝的性格))と「霊統的性格」(血では説明できない精神的嗜好の傾向性)があるように思われますが、それはこういったことから説明できるのかもしれません。これはきわめて重大な問題でしょう。

◆他の「星」

「この世に似た別の現実的世界」というのは、マイヤーズ通信を始め様々な霊信に出て来ますが、ニュートンの報告にも、同様の記述があります。
はっきりと描かれているわけではありませんが、この地球という現実世界の他に、魂の成熟度や進化目的に応じて、様々な「惑星」があるようです。若い、生まれたての魂にふさわしい惑星、より高度な精神活動が可能な惑星。また、地球で生を過ごした魂がレクリエーションに訪れる、地球によく似ているが人間がおらず、そのおかげで自然がきわめて美しい惑星(!)もあるそうです。
もちろん、そうした別の世界を中心に生まれ変わりを続け、成長していく霊魂もありますし、必要に応じて、この地球から別の惑星へ、また逆に別の惑星からこの地球へと生まれ変わる場合も(そう多くはないようですが)あるようです。この地球に生まれるのは初めてだが、すでに他の惑星で何度も生まれ変わりをしてきたというクライエントの話も報告されています。
この地球は、そうした様々な物質環境の中でどういう位置にあるか、あるクライエントとニュートンのやりとりの一部を紹介します。(Nは著者、Cはクライエントを示します。)

N――地球は過酷な場所とみなされているのですか。
C――そうですよ。いくつかの世界では肉体的な不快さに打ち勝たねばならないし、ときには苦しまなければなりません。もっと精神的な意味での競争が激しい世界もあります。地球はその両方ですね。過酷な世界を生き抜いたら称賛されますよ。
N――この地球のいちばん好きな点はなんですか。
C――人間たちが互いと争いながらお互いに連帯感を感じていることですね……競争しながらも協調しあっているということ。
◆高次の霊界活動

人間はこの世に生まれ変わりながら、未解決の課題を解決し、魂の成長を遂げていく――それがニュートンの著書の主題であるわけですが、もちろん、魂の旅の道のりは、その先にも広がっています。もうこの世に生まれ変わってくる必要がなくなった、進化成長した魂は、どうなるのでしょうか。このことは、直接に自分の体験としてクライエントから語られるわけではありません。普通の人間は、まだそこまで行っていないからこの世に生まれてきているので、その先の話は知らないわけです。ただし、部分的な予行演習や、伝聞から、その様子がかすかに窺うことができます。
クライエントの一部は、「創造」の練習をしたと報告しています。分子を組み立てて、鉱物のような物質を創るというのです。もっと成熟すると、植物や原生動物のような生物を創ることも勉強させられるといいます。これがマイヤーズ通信の言う「形相界」における、「破壊と創造による形態の統御法の学習」の一部なのか、その手前のプロセスなのかはわかりません。しかし、霊魂にとって、外的な物質や形態を創造することがきわめて重要な行為であるという点は、非常に興味あふれる指摘です。そもそも地球のような「現実世界」も、高度の霊的知性によって創造されていて、私たちがこうやって物質的生活を送れるのはそのおかげです。そして私たちの魂も、高度に成長していけば、このような世界を創造する壮大な営為の一端に、参与することができるのかもしれません。今も宇宙のどこかで、偉大な高級霊によって、新たな「惑星」が創造され、形態的生命の場が準備されつつあるかもしれないと想像すると、なかなか楽しい気持ちになるのではないでしょうか。

もちろん、成長進化した魂は、若い魂たちの教育にも従事します。守護霊・指導霊などと呼ばれる存在は、みなそのように進化した魂です。いくつかの魂からなるグループを見守り、それぞれの魂の歩みを助け、迷ったり傷ついた魂を救う、というのは、成長した魂のみがなしうることであり、またそのような魂がさらに成長するのにうってつけの使命です。グループとして転生を続けていた魂の一つが、成長を早く成し遂げ、グループを卒業して、このようなガイドの役割へと“進級”したという報告もあります。
また、この世の歴史の流れを調整したりする役割を果たす、成熟した霊もあるといいます。この世でもそうですが、自らの成長進化を充分に果たした魂は、より広い視野に立った社会的な奉仕活動に従事するわけです。ひょっとすると、スピリチュアリズムの勃興を始め、同時多発的に起こる「霊的現象の波」は、こうした霊たちの支援によっているのかもしれません。

◆ニュートンの探究の意義

以上述べてきたような事柄のみならず、実に様々な主題が、ニュートンの著作では論じられています。たとえば、悪霊の問題については、ニュートンは否定的です。彼のクライエントは、うろつきまわって悪へと引き込もうとしている霊魂は見たことがない、とそろって証言しているようです。当然、霊的悪影響(霊障)などもめったにあるものではないと述べています。また、再生の回数については、かなり多いとしています。この問題は微妙で、前世療法家でも各種霊信でも、数回とする説から数十回とする説まで、様々な見解があります。さらに、ニュートンは、霊はそのレベルによって色が異なると述べています。若い魂は白く、成熟していくと、順に、ピンクないしオレンジ、黄色、緑ないし茶色、青、紫、と変化していくといいます。これがオーラをめぐる様々な言説とどう関係するのかはわかりません。
ニュートンの(正しく言えばニュートンのクライエントたちの)報告が、すべて正確だということにはなりません。うまく表現されていなかったり、ごく特殊なケースだったりという場合もありますし、さらに、ニュートンのもとには、ある傾向性を持ったクライエントばかりが集まる傾向がある(そうしたことはしばしば起こるようです)可能性も否定できません。また、ニュートンの質問の仕方が、いくら中立的に努めていても、ある種の傾向性を孕んでいた可能性も否定できません。クライエントがニュートンの「内心」を微妙に感じ取って、彼の説に適合的な情報のみを報告した(時には作話した)という可能性もまったく棄却できるわけではありません。
ですから、これらの本に書かれていることは、実証的な事実や真理としてではなく、あくまで、「有力な情報」として扱うべきものであって、他の様々な見解と比較検討しつつ、慎重に考慮していく必要があるでしょう。

もとより、催眠下のクライエントが語る事柄は、「事実性」「真実性」が疑われるものです。それらはすべて作話に過ぎないと決めつけるのはこれまた無謀ですが、それらを無検証に認めることはできません。(別に催眠下でなくても、人間の語ることは、だいたいそういうものでしょう。)また、いくら、「多くの人が、誘導なしに、同じことを証言している」といっても、それは蓋然性を高めるものではあっても、真実性を保証しません。
そうした意味でも、ニュートンの探究が、「実証性」を持っているとはまったく言えません。「本当なのかね? 証拠があるのかね?」と問われれば、「わかりません、証拠はありません。あくまで人々の証言に過ぎません」と答えるしかないわけです。
しかし、そこで報告されたことは、これまでスピリチュアリズムの霊信(特にマイヤーズ通信)が伝えてきたことと、多くは非常によく符合します。スピリチュアリズムが伝えてきた「死後の霊魂の旅と再生へのプロセス」が、より仔細で具体的に、リアルに、ビビッドに、描かれていると感じられるのです。つまり、ニュートンの探究は、スピリチュアリズムを補強するものであり、さらに詳しく展開させたものである、ということができます。そして、スピリチュアリズムとは一応別個に、このような知見が出てくるということは、そこ(スピリチュアリズムとニュートンの両方)で述べられていることは「かなり確かな霊界情報である」と考えることができるでしょう。個々の主題について、真実性がどれだけあるかは、議論の余地があるでしょうし、まだまだ謎の部分も多くあります。しかし、ニュートンの報告が、私たちの霊界情報を、より豊かにしたということは、間違いありません。スピリチュアリストを始め、死後存続に関心のある人にとって、この著書は必読のものだと言えるでしょう。

ニュートンの第一作は、アメリカで刊行時、ベストセラーのランク入りをしたと言います。クライエントの生の声がちりばめられているとはいえ、内容は錯雑していて読みやすいとは言えず、しかもそこに書かれていることは、マイヤーズ通信と同程度に「現実離れ」したものであるのに、それがミリオンセラーになったということは、驚くべきことであり、奇妙にさえ思えます。アメリカ人の「死後存続」への受容度と関心は、それほど高いのでしょうか。日本語版は重版しているとはいえ、大きな話題にはなりませんでした。日本人の死後存続への受容度や関心は、まだまだ低いのでしょうか。日本でも、多くの人が、このファンタスティックな「霊界情報」に接してくれることを願うものです。

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