2-(14)人間以外の霊的存在

 

スピリチュアリズムは、人間が霊的存在であり、肉体の死後も存続して活動することを説くものですが、では、人間以外の生物に霊魂はあるのか、地球以外にそのような霊+肉存在はあるのか、さらにこの物質界の体をもともと持たない存在はあるのか、という問いも当然ながら湧いてきます。それらについて霊信はどう説いているのでしょうか。
この問題は、実はあまり触れたくない問題です。動植物の霊魂の問題はともかく、地球外の存在や、もともと物質(この世の意味で)を持たない存在については、多くの情報が語られていますが、それらは通常の私たちの世界観からすると、あまりに突飛で、あえて言えば、低俗なSF小説や映画を思わせないでもないものだからです。おそらく反対派は格好の攻撃目標にするでしょう。「こんなことを言っているのは、やはり理性を失っている証拠だ」と。
しかし、秘匿することは不公正でしょうし、仲間内だけの「秘知」にするという態度もスピリチュアリズムにふさわしくないことでしょう。ここではその概略を伝えることにします。ただし、これらはほとんどが検証不能のものですから、あくまでいくつかの霊信(ただしかなり信頼度が高いと言われている霊信)が説いているものだと捉えて、判断はそれぞれに任せるしかありません。

動植物の霊魂

人間に霊魂があるのと同様、動物にも霊魂はあります。ただし、一般的に、低度の動物は、個別に霊魂を持つというよりも、集合的に霊魂を形成していると言われています。一個の虫や魚の霊魂は、充分に独立的ではなく、群や種全体として霊魂の活動をしているということです。蜂やイワシなどを見ると、一つの群れで一つの生命活動が形成される様子がよくわかります。種が高度になってくると、人間と同様、個体的な霊魂の独立性が増していきます。犬・猫・象、イルカなど海洋哺乳類は、かなり高度な知性を持っているものがあり、それだけ個性的な霊魂を持っていると考えられます。特に人間に飼われていた犬猫などのペットは、死後も個性を持って存続し、あの世で飼い主との再会を果たすということもあるようです。また、人間と深く交流して知性などを発達させた犬の霊魂は、人間に生まれ変わることもあるとする霊信(『人間個性を超えて』)もあります。
植物は、個別性はほとんどなく、集合的に霊魂を形成しています。しかし、個々の木や草が、人間に反応することはしばしば報告されています。祈りや愛情を込めた語りかけが、植物の生育を促進することは確かなようです。多数の改良品種を生み出した天才栽培家は、植物と交信できたと言われています。また、美しい森や田園は、それ全体を統御する特殊な霊的存在(精霊:後述)によって保たれています。
鉱物は、生命を持っていませんが、全く死した存在ではありません。それらもやはり生長進化をしており、最も精妙稀薄な生命波動を媒介しています。日本の神道では、巨大な岩を「盤坐(いわくら)」と呼んでご神体とみなしています。敏感な人には特殊な気のようなものがそこから発しているのが感じられます。
こういった人間以外の霊的存在は、この世界においては個別性を人間ほど強く表現していないので、人間より「低次」の存在に見えますが、そういうことではありません。それぞれなりに霊的な営為と成長をしているのであって、人間の方が偉いということにはなりません。まして、それらは人間のためにいるのではありません。人間が意のままに、殺戮したり苦しめたりしてよいということにはならないのです。

地球外生命体

地球以外の星にも生命は存在すると霊信は伝えています。これはある意味で当然のことで、確率論的に見ても、全天体の中で人間のみが唯一の高度知性生命体だと考える方が非論理的です。
ただし、問題は、それらの生命が、この地上と同じ振動率を持つ物質に依拠しているわけではないということです。ここは非常に微妙なところです。マイヤーズ通信では、太陽系の他の惑星にも生命体が存在するが、それは地球の人間が生存している物質とは振動率の異なる物質系に属しているため、観測できないとされています。たとえば金星には、地球よりもはるかに高度な精神を持った生命がいると言います。さらに、同通信は、太陽を始めとする恒星にも生命体は存在し、それらはいわゆる惑星系の存在に比べてはるかに高度な霊的存在(第五界の「火焔界」に属する存在)だと言っています(人類に普遍的に見られる太陽崇拝は、単なる物質的意味だけではないようです)。つまり、私たちが見る星々は、私たちの物質レベルではこのように見えているけれども、振動率を変えた視点から見ると、全く別の相貌を持つというわけです。このような宇宙の姿は、私たちが死後赴く境域で、すでにかなり明らかになるようです。つまり、地球上での生存ということが、むしろごく特殊な、限定的な状態だということなのです。ただし、そのような限定的物質世界というのは、地球以外にもたくさんあるとされています。霊界には、地球上の人間を卒業した霊だけではなく、様々な「惑星上の生」を経てきた霊もいるわけです。このような地球と似た惑星世界を「パラレル・ワールド」と呼ぶ例もあります。(科学の実験想定的仮説にもこのような宇宙観は存在しますが。)
UFOについては、地球現実より高度な世界から来ているのか、同程度の「パラレル・ワールド」から来ているのか、この現実の宇宙のどこかから来ているのか、はっきりと語られた例はないようです。もちろん、いたずら霊のしわざということも充分ありえます。

別系列の存在体

このほかに、人間のような物質的形態を持つことなしに、全く別の経路で、進化成長を続ける存在もいるとされています。これらを古くから人間は「精霊」「天使」などと表現してきました。それらは、この世でも、その上の「幻想界」でも、さらには「形相界」でも、身体(それぞれの界に準じた身体)を持ちません。しかし、非常に高度な使命を帯びて、それらの諸霊界に影響を与える活動を行なっています。一部の霊信では、人間を守り導く存在として、人霊である守護霊の他に、このような高度な存在が「守護天使」としてついているとも伝えています(これは類魂を統括する「本霊」とも考えられます)。
精霊の中には、自然霊と呼ばれる系列もあります。地球上の諸元素(土、水、火、風)を統括する精霊はこのような自然霊だとされます。美しい自然、そして正常な地球環境を守っているのも、これらの精霊の働きだとされています。自然霊にもきわめて高度な存在から人間とさして変わらぬ存在までいるようで、日本の神道でもよく信仰される竜神は、きわめて高い存在で、山河や天候などの自然を統御し、時に人間の運命にも大きな影響を与えるものとされています。古代ギリシャ神話に由来する「空気の精=シルフ、水の精=オンディーヌ、土の精=グノーム、火の精=サラマンドル」は、人間と同レベルで交渉する自然霊を表現したものと言えるでしょう。ヨーロッパの民話に登場する羽根の生えた妖精や、日本(あるいはアイヌ)の古い民話に出る精霊(森の精コロボックルや川の精カッパなど)は、人間よりむしろ低位の自然霊です。彼らは動物のように、集合霊団から生まれ、死すと個性を失ってそこへ回帰すると言われています。彼らは時に人間の希望や命令に従ってよいことをしてくれたりもする一方、扱いによってはひどい悪さをするもののようです。もちろん、自然の失われた大都会には、このような精霊・妖精はなかなか近寄りません。

最後にホワイト・イーグルからのメッセージの一節を付しておきます。
《我らはあらゆる問題に開かれた精神を持つということ、何に対しても否とは申さぬということです。我らは未知の物事に興味を抱き、これを信じます。何となれば、天界にも地上にも、人間の哲学では夢想だにしないたくさんの物事があるからです。》(『天使と妖精』)

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