1-(08)「死後生」研究の簡単な歴史(付・ブックガイド)

 

人間が死後どうなるか(天国とか浄土とかへ行く、生まれ変わる、など)というテーマは、一般の人が思っているよりも、ちゃんとした研究の歴史と蓄積を持っています。
現在の多くの人は、「そんなものあるわけない」とにべもなく却下したり、「くだらないことを言うな」などと不思議なほど感情的な反発を見せますが、19世紀以来、現在に至るまで、この問題に冷静かつ理性的に取り組もうとした人たちもいます。そうした人たちの研究の蓄積は、ごくたまに話題になったりすることはあっても、一般的には知られないままになっています。
ここでは、改めてその大まかな歴史(近代以降)を紹介してみたいと思います。もし多少なりともこうした問題に興味のある方は、どれかに触れてみていただければと思います。

◆スピリチュアリズム

1848年の「ハイズヴィル事件」(ポルターガイスト現象)を機に、アメリカおよびヨーロッパで、「霊との交流」を試みる大きな流行が生まれました。「死者との交信」を行なう霊媒や、物理的な超常現象を起こす霊媒が多く出現し、また一般人が仲間内で集まって「テーブル交霊会」を開き、霊媒が行なうような現象を自分たちで体験しました。これが「(近代)スピリチュアリズム」と呼ばれる運動でした。
そこで主に行なわれた試みは、
・霊媒を通して死んだ肉親と会話する
・物理的な超常現象によって霊の存在を確かめる
・死者からの交信とされるものによって「死後の世界」のありさまを知る
といったことでした。

(この運動は日本にも伝わり、福来友吉、浅野和三郎といった研究者が出ましたが、有名な「念写実験の疑惑」によって、日本での研究の開花は阻まれました。ただし、スピリチュアリズムの情報は、新宗教の運動に大きな影響をもたらしたものと考えられます。)

この運動については、次のような書籍にまとめられています。([ ]は原書発行年、以下同)
三浦清宏『近代スピリチュアリズムの歴史』講談社、2008年
イヴォンヌ・カステラン/田中義廣訳『心霊主義』白水社、1993年[1954年]
田中千代松(編)『新・心霊科学事典』潮文社、1984年
ジャネット・オッペンハイム/和田芳久訳『英国心霊主義の台頭』工作舎、1992年[1985年]
ジョン・レナード/近藤千雄訳『スピリチュアリズムの真髄』(世界心霊宝典第3巻)、国書刊行会、1985年[1956年]

この運動の中で、「高級霊と思われる存在」からの、「霊界とはどういうものか」「人間はどう生きるべきか」といった高尚な言葉が、「自動書記」や「入神談話」という方法によってもたらされ、まとめられました。そのいくつかは、今も愛読者を得ています。主なものとしては、以下を。
アラン・カルデック/桑原啓善訳『霊の書』(上・下)潮文社、1986~7年[1857年]
ステイントン・モーゼス/近藤千雄訳『霊訓』世界心霊宝典第1巻、国書刊行会、1985年[1883年]
ジェラルディーン・カミンズ/梅原伸太郎訳『不滅への道』春秋社、2000年[1932年](マイヤーズ通信)
シルバー・バーチ/近藤千雄訳『シルバー・バーチの霊訓』第12巻(総集編)潮文社、1988年
グレース・クック/桑原啓善訳『ホワイト・イーグル霊言集』潮文社、1986年[1957年]

◆心霊研究(サイキカル・リサーチ)

スピリチュアリズムのブームの中で、イギリスでは、様々な「超常現象」を学問的・中立的な立場から研究しようとする学者たちが生まれました。彼らは「心霊研究協会(ソサエティ・フォア・サイキカル・リサーチ=SPR)」という団体を設立し(1882年)、厳密な検証方法で超常現象の謎を捉えようとしました。メンバーには有名な哲学者、科学者も連なり、実験やアンケート調査などを行ない、定期的に会報が発行されるなど、精力的な活動が展開されました。これを「心霊研究」(厳密には誤訳ですが)と呼びます。
彼らは、人間の能力には物理的な法則を超えるものがあることは認めましたが、霊の存在や人間の死後存続(死後も個性を持って生き続けること)に関しては、公には「判断留保」の立場を表明しました(個人的にはかなり多くの研究者はこれらのことを認めたようです)。

ジャネット・オッペンハイム『英国心霊主義の台頭』
デボラ・ブラム/鈴木恵訳『幽霊を捕まえようとした科学者たち』文藝春秋、2007年[2006年]
I・グラッタン=ギネス(編)/笠原敏雄監訳『心霊研究――その歴史・原理・実践』技術出版、1995年[1982年]

◆超心理学

20世紀に入ると、心霊研究をより厳密に、科学的にしようという試みが生まれました。J.B.ラインらによる「超心理学」です。ただし超心理学は、死後生といった立証困難なものを避け、「人間の心が持つ、現行の物理的法則では説明できない力」について主として研究をしました。この「力」は、
①情報的な能力(超感覚的知覚=ESP。透視、遠隔視、テレパシー、予知など)
②力動的な能力(念力=PK)
の2つの面を持っているとされました。
超心理学の実験はかなり有効な結果が出、軍事目的での研究もなされたりしました。
しかし、超心理学は「体脱体験」などを研究することはあっても、「死後生」の問題を直接に論ずることはなくなっていきました。
また、超心理学は科学か否かをめぐって、熾烈な論争も巻き起こりました。

ジョン・ベロフ/笠原敏雄訳『超心理学史――ルネッサンスの魔術から転生研究までの400年』日本教文社、1998年[1993]
J・B・ライン、C・G・ユング他/長尾力他訳『超心理学入門』青土社、1993年
笠原敏雄『超心理学読本』講談社+α文庫、2000年
笠原敏雄編『サイの戦場――超心理学論争全史』平凡社、1987年

◆臨死体験

1930年頃から戦後の1970年頃までは、第二次世界大戦などの激動があったせいか、「死後生」に関する研究は大きな進展がありませんでした。
戦後の世界で、「死後生」問題がクローズアップされるのは、1975年に刊行されたレイモンド・ムーディによる「臨死体験」の報告でした。
これは、よく知られているように、医学の発展によって、病気や事故で呼吸停止・心停止状態になった人が蘇生し、その間に不思議な体験をしたと報告するものです。意識が肉体を離れ、自分の姿や周囲の様子を見聞きしたり、この世ならぬ世界(光に満ちた世界やすでに死んだ人々の姿)をかいま見たりする、といった体験です。
ムーディの本以後、同様の事例報告・研究報告が「洪水のように」公刊されていきます(日本でも立花隆を始め、多くの評論家・学者がこの主題について著書を刊行しました)。
ただし、臨死体験は、当人が完全に死んだと立証できないため、死後生の証明とはなりません。懐疑的な人々は、これを脳内麻薬による「幻覚」としています。また、仮に魂が肉体から完全に分離したとしても、臨死体験で行くのは「死後世界」の手前までなので、「死後世界」に関する情報はほとんどないことになります。
臨死体験に関しては、
レイモンド・ムーディ/中山善之助訳『かいまみた死後の世界』評論社、1977年[1975]
レイモンド・ムーディ/駒谷昭子訳『続 かいまみた死後の世界』評論社、1989年[1977]
カーリス・オシス、アーレンダ・ハラルドソン/笠原敏雄訳『人は死ぬ時何を見るのか――臨死体験1000人の証言』日本教文社、1991年[1977]
マイケル・セイボム/笠原敏雄訳『「あの世」からの帰還――臨死体験の医学的研究』日本教文社、1986年[1982]
マイケル・セイボム/笠原敏雄訳『「あの世」からの帰還〈続〉』日本教文社、2006年
立花隆『証言・臨死体験』文春文庫、2001年

◆前世療法

前世療法については、このブログですでに紹介しました。
催眠によって、時間を遡っていくと、出生以前の記憶を甦らせるケースがあります。それは前世であったり、また前世と現世(あるいは前世とその前の前世)の間の領域(中間生)であったりします。
前世療法では「症状の緩和」が中心となるため、前世や中間生の実在を実証的に検証しようという試みはあまりなされませんが、いくつかの研究では信憑性のある報告がなされています。
実証という点では弱いものですが、スピリチュアリズムの「霊の報告」ときわめて似た内容もあり、情報としては非常に豊かなものがあります。

ブライアン・L・ワイス/山川紘矢他訳『前世療法』PHP文庫、1996年
G・ウィリストン+J・ジョンストン/飯田史彦訳『生きる意味の探究』徳間書店、1999年(編抄訳)
ジョエル・L・ホイットン他/片桐すみ子訳『輪廻転生――驚くべき現代の神話』人文書院、1989年
マイケル・ニュートン/澤西康史訳『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』VOICE、2000年

なお、日本人による前世記憶の実証的研究として、稲垣勝巳氏による著作があります。特に後者は「応答性真正異言(前世の外国語で会話をする)」という非常に強力な証拠が報告されています。
稲垣勝巳著『前世療法の探究』春秋社、2006年
稲垣勝巳著『「生まれ変わり」が科学的に証明された!』ナチュラルスピリット、2010年

◆スティーヴンソンの生まれ変わり研究

スティーヴンソンの生まれ変わり研究についても、すでにこのブログで紹介しました。
スティーヴンソンは、ヴァージニア大学精神科教授というアカデミシャンですが、超心理学の造詣が深く、さらに、超心理学の母胎である「心霊研究」では中心的主題の一つとされていながら、超心理学が棚上げにしてしまった「死後存続」の問題を、改めて正面から取り上げた勇気ある研究者です。
スティーヴンソンは、「前世を主張する人間が、前世の具体的な事柄を語り、それが史実と高確率で符合し、当人がそれを知りうる可能性がほぼありえない」という事例を2000近く集めました。さらに、「前世の言葉で会話する」(真性異言)とか、「前世と深く関係する痣や先天的奇形」といった、非常に珍しいケースも報告しています。
スティーヴンソンの研究は、非常に客観的・実証的で、一部の科学者もその信憑性を認めています。
いちばん網羅的でわかりやすい本は、次のものです。
イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世を記憶する子供たち』日本教文社、1990年

◆ニューエイジ

1960年代末から70年代にかけて、アメリカでは、西洋文明の行き詰まり感から、東洋の神秘思想への興味が高まりました。特に仏教・インド思想の輪廻観が注目され、生まれ変わりに対する一般大衆の受容度が増したようです(奇妙なことに日本の仏教では輪廻はほとんど見捨てられていますが)。こうした中で、有名な女優シャーリー・マクレーンが、自らの過去世を思い出すという自伝を書き、ベストセラーとなりました(1983年)。
またこのニューエイジ運動の中には、「チャネリング(霊との交渉)」や「過去世リーディング」といったものを行なう人もたくさん現われました。これらは学術的な研究ではありませんし、あやしいものもたくさんありますが、一般の人に「死後生」を考えさせる契機とはなっているようです。
なお、ニューエイジの中で最も学術的な色彩の強かったものの一つに「トランスパーソナル心理学」があります。トランスパーソナル心理学は死後問題については曖昧な態度を取っていますが、その中心的存在の一人であるケン・ウィルバーは、公には表明しませんでしたが(そうすると信者が去っていくからだそうです)、「輪廻転生」を認めていました。

シャーリー・マクレーン/山川紘矢訳『アウト・オン・ア・リム』角川文庫、1999年(翻訳初版1986年)

◆その他

このほかにも、いくつかの研究があります。
死後生研究と言えるかどうかは微妙ですが、「体外離脱体験」を専門に研究した人に、ロバート・モンローがいます。彼の「ヘミシング」は日本でもよく知られているようです。体外離脱の旅は、究極的には「霊界」の問題となるようです。
ロバート・モンロー/塩崎麻彩子訳『究極の旅』日本教文社、1995年[1994年]

機械によって「霊的存在」と交信しようと試みる科学者たちもいます。この研究は、20世紀後半に、ユルゲンソン、ラウディヴらによって「音声録音」として始められましたが、1980年代に様々な研究者によって実験されて成功を収めました。その後、国際学会が作られ、映像やダイレクト・メールも受信できるようになっているようです。
この動きについては、本ホームページの「3.各論編」の「(2)電子機器による霊界との交信――インストゥルメンタル・トランスコミュニケーション」をご参照ください。
パット・クビス+マーク・メイシー/冨山詩曜+臼杵真理子訳『あの世の存在(いのち)に活かされる生き方』徳間書店、1999年[1995年]

「終末期医療」のパイオニアとして世界的に有名になった医者・心理療法家のキュブラー=ロスは、自ら看取った患者たちからのメッセージを受け取る体験などを経て、死後生の実在を確信し、自伝として刊行しました。
エリザベス・キューブラー=ロス/上野圭一訳『人生は廻る輪のように』角川書店、1998年[1997年]

第二次大戦後のブラジルでは、スピリチュアリズムの一派である「スピリティスム」(アラン・カルデックの著作が基礎)が爆発的な拡がりを見せました。シコ・シャヴィエールという霊媒は数百冊に及ぶ「霊との通信」の本を出版し、各地には「エスピリタ(スピリティスト)」のコミュニティができ、特に霊的治療において目覚ましい成果を上げています。ブラジルのスピリティストは1000万人に達するのではないかという見方もあります。
ブラジルのスピリティスムについての紹介書はなかなかないのですが、一応次のものを。
東長人+P・ガイスラー『ブラジルの心霊治療・奇跡を操る人々』荒地出版社、1995年

実証的研究ということではありませんが、日本でのスピリチュアリズム活動(霊的治療)から一つ。
山村幸夫『神からのギフト』「神からのギフト」出版会(自費出版)、2002年

◆俗流オカルティズムの問題

「見えない世界」をめぐる言説は世の中にたくさんあります。特に近年は「スピリチュアル」と称して、一時のニューエイジのように、雑多な行為・言説があふれています。それらの多くは、「見えない」ことをよいことに、実証手続きはもちろん、歴史的勉強や自己客観化もなく、勝手気ままな主張を繰り広げているように見えます。中には法外な金銭を取ったり(前世療法の講習会でもそのようなことがあるようです)、脅迫的なことを言う不道徳な人々もいます。
「正統」を自任する学者はもちろん、一般の常識人は、こうした「あやしげな行為・言説」を非難し、それによって「死後生」研究自体をも罵倒しがちです。
しかし、純然たる死後生研究は、占いやオカルトや新興宗教とはまったく異なるものです。低俗な「スピリチュアル」とそれを攻撃する正統派という構図によって死後生問題がうやむやになる状況は、なんとかなくなってほしいものです。(といっても「低俗なスピリチュアル」を取り締まる権利は誰にもありませんから致し方ありませんが・笑い)
死後生問題は、現在の優勢な世界観である唯物論に敵対しますし、なぜか多くの人に「心理的抵抗」(感情的反発)を起こさせるものなので、批判・非難・白眼視はある程度やむを得ないものかもしれません。しかし、もし関心を持つ人がいるならば、上記に挙げたような「歴史的蓄積」が立派に存在するので、どうかそれに目を向けてほしいと願っています。