1-(07)認容の度合い―まとめとして

以上、150年以上に及ぶ、「死後存続」の探究を、ごくごく簡単に振り返ってみたわけですが、これを整理する意味で、人が「見えない世界」に対して、どのような態度を取るかについて、ひとつのスケール・モデルを提出してみます。
片方の極は、目に見えるもの、機械で測定できるもの以外の何ものも認めないとする、唯物論者の立場です(不思議な現象はあるが、やはり物質由来であり、やがて物質的仕組みが発見されるだろうとする「見込み唯物論」もここに含まれます)。これを出発点に、次第に認容度が広くなっていくとすると、

0.物質原理以外存在しない(唯物論ないし見込み唯物論)

1.物質原理と極度に乖離した情報伝達システムがあり、人間の心はそれにアクセスする力を持っている(ESPのみを認める。大半の超心理学者)

2,上記に加えて、物質原理と極度に乖離したエネルギー伝達システムがあり、人間の心はそれを操作する力を持っている(PKも認める。上記より少ない)

3.肉体とは独立し、物質原理と異なる働きを保有する「生きた人間の心」が存在するが、肉体の死後それが継続するかは疑問。(OBEを認める。一部の超心理学者)

4.人間の心(の主要部分)は死後も存続する(霊魂説を認める。ごく一部の超心理学者、心霊研究者)

5.「霊」からのメッセージには相当の信憑性があるものがある(スピリチュアリスト)

という6段階のスケール・モデルができます(ただし、これはあくまで認容度のスケールであって、それ以上の意味をつけているわけではありません)。

死後存続を認めるのは4と5ということになります。サイキカル・リサーチやスティーヴンソンの研究によって、4の立場は確立されつつあるように思われます。しかし、5はメッセージの内容に宗教的要素が入るということで、実証研究の人たちからは拒絶されます。
「霊からのメッセージ」の信憑性は、実証的な方法では計れません。スピリチュアリストも、「それが絶対である」とはあえて言いません。そこはそれぞれが判断して、気に入ったものは受け入れればよいと考えています。
ですから、5は認めなくても結構、しかし少なくとも、4の立場はありうるし、それは「迷妄」でも「異常」でもない、もちろん拒否する自由はあるが、異端と弾圧されるべきものでもない――このことははっきりと言っておきたいところです。

《疑いもなく、霊魂存続説の真偽は人間精神を悩ますとてつもなく、また、最重要な問題である。考えれば考えるほど他の問題はすべて無意味なものに見えてくる。というのも死後存続が真であってこそ、「宇宙」は究極において合理化されるからである。それによってこそ、またそれにおいてのみ、我々は悪の問題と対決できるからである。もし死後存続が真でないなら、この世で唯一可能な哲学は空虚な悲観論であり、宇宙の支配者は正常な人間を驚倒せしめるほど残酷であるとの誹りを免れないであろう。》
――E・W・マクブライド

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