1-(03)超常現象と死後存続

多彩な超常現象
19世紀後半、スピリチュアリズムやサイキカル・リサーチの高まりの中で頻発し、観察された「超常的な現象」は、実に多彩なものでした。
この「超常的な現象」とは、現行の物理科学的知識では説明できない現象で、かつ、人の心ないしは見えない主体存在の意図が働いていると思われる現象を言います。通常の現象ではないということで「paranormal(normal=通常を超えた) phenomena」という言葉を使う場合もありますし、知られていない心の力が関与するという意味で「psychic phenomena」という言葉を使ったり、その語頭を取って「サイ psy」と呼ぶこともあります。「オカルト現象」とか「霊現象」といった言葉は、ある種の判断が含まれるため、研究者たちはあまり使いません。
このうち、もっとも広汎に観察・実験され、実証を旨とする超心理学の中心主題ともなったものが、ESP(超感覚的知覚)とPK(念力)です。
ESP(超感覚的知覚)

ESP(extrasensory perception=超感覚的知覚)とは、現在知られている物理的方法による五官の知覚とは異なるやり方で、情報などが伝達されることを指します。かつての呼び方でテレパシーというものがありましたが、それが人間の心と心の間に起こる「思念伝達現象(thought transferrance)」であったのに対し、ESPは、透視、予知、また、存在するとは思えないものに対する知覚なども含まれる、きわめて広い概念です。
ESPはかなり多くの人が体験している事柄で、その記録は星の数ほどあります。イアン・スティーヴンソン(ヴァージニア大学精神科教授、生まれ変わり研究の大家で、現代超心理学の最長老の一人)は次のように言います。

《この問題に関する信頼性の高い図書は、中程度の大きさの部屋の三面に並んだ本棚にぎっしり詰まるほど出版されている。信頼性の高くない図書は、宮殿のような大邸宅の全室に設置された本棚を埋め尽くすほどの数にのぼるだろう。》(『前世を記憶する子どもたち』。なお、「信頼性の高くない」というのは実証性に乏しいということで、でたらめだということを意味するわけではありません。)

ESPのうち、生きている人同士(死にかけている人も含む。また時に動物なども含む)の間で、「思い」が伝わるということ――つまり「テレパシー」――は、比較的凡庸な現象で(特に親しい肉親の間では起こりやすい)、その存在を認める人も少なくないようです。
たとえば、脳波の発見者ハンス・ベルガーは、19歳の学生時代、軍事教練中、落馬して大砲を運ぶ車に轢かれる寸前まで行くという事故にあいましたが、その際、遠くにいた長姉がそれを察知し、同居している父親を介して電報を送ってきたという体験を報告しています。ベルガーはこの体験に衝撃を受け、精神科学の道を歩むことを決意したと言います。

超常的な情報伝達で、相手が人間でない場合は、「透視」ということになります。

《ある男性の友人が牧草地で仕事をしていて、大切にしていた時計をなくしてしまった。あまりに落胆しているので、その男性は「時計のことが頭から拭い切れず、そのことを2、3日考えた後、やはりその時計について考えながら、床に就いた。その夜に夢を見て……時計が地面に落ちており、鎖が独特の形で丸まっているのが見えた。その周辺の草木やあたりの様子も、この上なくはっきりと見えた」。そして次の朝、男性は、ほとんど足を踏み入れたことのないその牧草地に入り、見事に時計を発見した。》(Myers,1903,379-81)

物体からその所有者に関する情報を読み取る「サイコメトリー」(霊査)といったもの、さらに、未来の予知、通常の方法では知ることも推定することもできない過去の情報を得る「後知」(retrocognition)といったものも、広義のESP現象に入ります。こういった現象をかなり意図的に起こせる霊能者(サイキック)もいます。

PK(念力)

PK(psychokinesis の略。念力)は、物理的介入なしに、心の影響のみによって物体の状態を変化させること、と定義されます。ESPが超常的な「情報伝達」であったのに対し、PKは、超常的な「エネルギー伝達」だと定義することができます。
よく知られているスプーン曲げや、テーブル傾げ(table-turning)などがこれにあたります。ありえない所から音が聞こえたり、物が飛ぶといった「ポルターガイスト」現象も、広い意味ではPKに含まれます(スピリチュアリズムの出発点であるハイズヴィル事件も、ポルターガイストから始まりました。ポルターガイストは、現象を「誰が」起こしているのかが問題になります。詳しくは別項を参照してください)。優れた気功家が、「気」を放出して蝋燭の炎を揺らしたり物体を変形させたりするのも、PKに含まれます。
このような現象は、広く見られるわけではなく、特殊な能力を持った人々の周囲でしか起こらないようです。ただし、超心理学の実験では、電気的な仕掛けによって1か0の数字をランダムに発生させる機械を作り、それに対して数字がどちらかに傾くよう念を送ると、通常の人の場合でもかなりの確率で偏り現象が発生することが報告されています。
(超心理学では、このような量子力学的なレベルで影響を起こすものをミクロPK、普通の物体に対するものをマクロPKと呼んでいます。)
さらに、念を送る対象が生体である場合、特に区別して生体PKと呼ぶことがありますが、これは比較的起こりやすいものです。植物に念を送ることで生育が早まったとか、原始的な生物に一定の方向に動くよう念を送るとそのようになるとかいった実験がなされ、成功した例が報告されています。(この場合「情報伝達」なのか「エネルギー伝達」なのかは曖昧になります。)
なお、自分の体に対して強い念を送ることで傷や病気を治したりすることもこの生体PKに含まれるとする考え方もあります。また、「熱い鉄の棒を触れさせる」と催眠暗示をかけ、普通の金属棒を触れさせると、火傷と同じ水疱ができた、といった実験も報告されていますが、これも一種の生体PKと言えるでしょう。

以上のESPにしろ、PKにしろ、様々な偶発事例・実験事例が報告されています。もちろん中には、勘違いやトリックなども含まれてはいるでしょうが、それで否定しきれない確かな現象は、それこそ「星の数ほど」存在します。そのいくつかは別項で紹介しますので、詳しくはそちらをご覧ください。
ESP・PK研究の射程
ESPとPKは、「現行の物理科学では把捉できていない何らかの情報・エネルギー伝達経路が存在する」ということと、「人の心は時にそれを利用することができる」ということを、意味するものです。これであれば、「ありそうなこと」「そのうち経路や仕組みが発見されるに違いない」と思う人が少なくないのは、ある意味で当然かもしれません。
ところが、19世紀後半のスピリチュアリズムが主張したのは、そのような「科学法則の領野拡大」ではなく、過激な「大転換」でした。それは、「人間の心は物質とは異なる基盤に立脚するものであり、それは肉体の死後も存続する」というものです。
このことが成立するために、ESPやPKの存在は、補強要素になります。「物質という基盤のみ」ですべての現象が説明できるわけではない、ということがより確実性を帯びることになるからです。しかし、ESPやPKの存在は、「人間の心は肉体の死後も存続する」ということを支持する証拠とはなり得ません。超心理学がほぼESPとPKに主題を限定したのは、それが「死後存続仮説」とは無縁だからであり、「物質に基盤を持たない存在」を想定することで「唯物論」と激突するといった事態を、回避できるからです。

面倒な議論をしているように思われるかもしれませんが、このことは、意外に重要な点です。一般に、多くの人は、ESPやPKによると思われる現象を実際に目にすると、そこに過剰な意味を読み取ることがあります。たとえば、霊能者と称する人が自分の過去や家族状況などを当てると、それだけで「すごい、神様だ」と思ってしまったり、空中から物を出現させたり、自分の体を浮かせて見せると、「聖人だ」と判断したりしがちです。ESPやPKを随意に発揮すきることは、確かになかなかできるものではありませんが、だからといって、それができる人が、神のように偉い存在だというのは、短絡的な判断です。何らかの理由でESPやPKをかなり随意に駆使することができても、必ずしもその人が立派な聖人であることにはなりません。実際、インドで、貧しい無学の老婆が、隣の家からパンを「空中浮揚」によって盗んだという事例も報告されています。かのオウム事件で、ある評論家が「被告が法廷で実際に空中浮揚をして見せれば、裁判はすべて一変する」と述べたようですが、それはこういった領野への無知を示すものだと言えるでしょう。
サイキカル・リサーチや超心理学の蓄積を虚心に見れば、ESPやPKは、「おそらく人間の心が潜在的に持っている能力」であり、「時に、どういう理由でかは不明だが、それをかなり随意に発揮できる人がいる」といったところが、穏当な判断だと思われます。

ただし、ESPやPKが、純粋に「人間の心の力」だけによる現象かどうかは、実際には微妙です。ESPやPKの能力を発揮している人(サイキック)自身が、「そこに見えない存在」が関与していることをほのめかすことが多いからです。
サイキックの中には、世間からの白眼視をより少ないものにするために、これは純粋な「心の力」であり、「なぜかはわからないができるからできるのだ」という説明に終始しようする人が多くいます。しかし、一方では、そういった現象の生起に「見えない存在」が関与していることを、はっきりと明言したり、非公式な打ち明け話として語ったりする人もいます。しかし、そういったことは立証が不可能ですし、しばしば世の人の反発を招くものであるので、真正面から論じられることはありません。
死後存続仮説へと向かう現象
これに対して、「人間の心は物質的基盤とは別の基盤を持つ」「人間の心は死後もある程度の同一性を保持して存続する」「そのような仕方によって活動している存在がある」「そういった存在とのコミュニケーションが可能である」とする考え方――つまりは「死後存続仮説」ないし「霊魂仮説」――を強力に示唆する「超常的現象」も様々にあります。
このうち、最もはっきりと「死後存続」を明らかにするのは、「死後の存在との交渉」です。また、20世紀に入ってから報告や研究が盛んになったものに、「臨死体験」と「生まれ変わり(前世記憶問題)」とがあります。
これについては、それぞれ別項で見ていきたいと思います。

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